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2021年3月18日木曜日

理想的な親子関係の中で苦しむ子

親子関係が密接で仲睦まじい。


これは『良いことしかない』

ように思える言葉です。


でも、このような理想的に見える親子関係であっても

子どもが苦しんでしまっている場合があります。


それは、その理想的な親子関係を親が一方的に望んで作り上げている場合です。



子どもは作り上げた理想の親子関係を守ることが

親を喜ばせることだと知っています。


裏を返せば、その関係を崩せば、親が悲しむということも

知っているということです。



優しければ優しいほど、子どもはこの親子関係を守ることを

最優先事項にしてしまいます。



何か学校などで悩みが生じるような出来事があったとき、

そのことを親が知ることで理想の関係が崩れてしまうのでは?

と心配してしまう。


親に心配かけることが

理想の仲睦まじい親子関係を崩すことになってしまうのではないか・・・

そうなったら親が悲しむのではないか・・・

笑顔の関係が崩れてしまうのではないか・・・



仲が良いがゆえに

子が悩みを親に言えずに1人で抱え込んでしまう。


そんな関係が起こりえるのです。


親子関係は千差万別。


自分が子に過度に理想像を背負わせてしまってはいないか。

そんな視点から親子関係を改めて見つめることも

時には大切なことかもしれません。

2021年3月13日土曜日

子どもに期待するから関係が悪くなる

 親子関係が悪くなってしまっている親子の原因は様々であり、

これが原因だ!というものは実際に観察してみないとわかりません。


ただ、多くの親子で共通していることの1つが

「親が子に期待し過ぎている」

ということです。


親は子どもを愛しています。

愛していれば幸せになってほしいと考えます。


その幸せの姿を親は想像します。


その姿はどこから生まれるのかといえば、

テレビからの情報だったり、

自分の過去を振り返って生まれるものだったりすることが多いです。


今目の前にいるわが子から生まれたのではなく、

子どもの外側から生まれたものです。


子どもは当然のように親に従います。


子どもにとっては親の言葉は絶対的に価値があります。


しかし、子供が成長していくにつれて、

自分の内側から生まれた価値と、

親から与えられた価値にズレが生じてくるものです。


そのズレを感じたとき、子どもは自分の内側から生まれたものに

従い始め、それが反抗期となって表れてきます。


ここで親が

「子どもに期待し過ぎる」ために生まれるのが

感情的な態度です。


自分の思い描いていた期待通りにわが子が歩んでくれなければ、

それは「期待外れ」となり、

時に「怒り」という形で子供に向かうことがあります。


その「怒り」を受けた子は、最終的には親の描いた期待に

沿えない罪悪感から「逃避」に向かいます。


その逃避が「非行」という形で出たり、

「引きこもり」という形、「不登校」など、

様々な形として表れてきます。


元をたどれば、「親の過度な期待」が原因だった。


このようなことがあるのです。


「子どもに期待するな」といえば、

それはそれで極端になってしまいます。


期待はするけど、「そこそこ」で期待すれば良いのではないでしょうか。


期待をしないで「信じる」という心構えでも良いのかもしれません。


とにかく、親として思い描いた期待を子どもに押し付ければ、

子どもは息苦しくなり、親子関係が悪化することがある

ということだけを知識として覚えておいていただけたらと思い

今回記事を書いてみました。


良い親子関係をどう築くか。

これからも考えていきたいテーマです。

2019年3月17日日曜日

友達のような親子関係で苦しむのは子供

「友達みたいな親子関係なんですよ」

そうぐにゃぁっとした態度で
陽気に話す女性タレントをテレビで見かけました。


タメ口が売りのようですが、
これはテレビだから成立するようなもので、
一般的な社会人としては、成立しない態度ですよね。


テレビの中だけの話かと思ったら、
最近は、この友達のような親子関係が流行っているようです。

親も子もラクなのかもしれませんね。

別に親は子の態度の悪さで叱る必要も無いし、
子も親から叱られることなく、
自由な態度でいられるので、
家庭内ではWINーWINの関係です。


ただ、その子が社会に出れば、
その子が苦しむことになります。


本来は親が教えるべきことを
社会が教えることになり、
その結果、社会も迷惑を被るかたちになってしまいます。


親が子にすべきことは、
社会には上下関係があるということを
身を持って教えることです。


目上の人には言葉遣いを気をつける必要があるということは、
親が教えるべきことです。


学校が、部活が・・・
と自分以外に責任を押し付ける人も増えているようですが、
自分の子供なんだから基本は家庭です。


日本は極端に行くことが多くて、
今度は無意味で理不尽な上下関係で苦しむことになる
とか言う人もいますが、
そこまで極端に上下関係を教え込めと言っているわけではありません。


必要不可欠な社会、集団で暮らすときに困らない程度の上下関係と
それに伴う言葉遣いは家庭でしっかりと教えるべきことです。


極端な意見をもってきて、
それを否定するのは自由ですが、
結局大人になって苦しむのは子供です。


親は親になったとき、
多少の責任感が伴うものです。
なりたくて親になったはずです。


親は子供から見たら鬱陶しいことも
教える必要があり、
友達感覚で仲良くできないことだってある
という覚悟をしておく必要があります。


私も極端に友達のような親子を否定しているのではなく、
最低限の上下関係を
時と場合によって使い分けることができるのであれば、
別に親にタメ口だろうが構わないと思います。


ただ、それは家庭内での価値観であって、
一歩社会に足を踏み出したら、
自分たちの価値観を抑えることも必要だと思います。


レストランで他の家族が見ている前で、
子供が親にタメ口で会話するというのはどうかと思います。


直接迷惑かけてないんだからいいでしょ?
という感覚しかもてないのだとしたら、
社会は人間関係で成り立っているということを忘れてしまっているのか、
全くわからないまま生きてきたのか、
そのどっちかなのかなと思います。


ということで、
子供が大人になって困らないように、
最低限の上下関係や目上の人に対する言葉づかいは
教えておいてほしいなって思います。

2019年3月14日木曜日

子供は感情で生きる動物だということを忘れずに


自分が子供のころを振り返ってみても
感情的に行動していたことがたくさんあったのではないでしょうか?


親に反抗してみたり、
友達にいたずらしてみたり、
論理的に深く考えず行動していたことがたくさんあったはずです。


私たちの子供も私たちが子供だったころと同じように
感情的に行動をしています。


大人になった私たちはそのことをつい忘れがちです。




子供が感情的になり、
親に対して暴言をはくこともあります。


でも、子供は感情的になっているときに
暴言を吐いただけであって、
1日後には、いや、早ければ数時間後には
すり寄ってくることもあります。


感情的になっていただけなので、
ケロっと忘れているのです。


そんなとき、大人は子供のように忘れる生き物ではないので、
引きずってしまうことがあるかもしれません。


ケロっとすり寄ってきた子供に対して、
ずっと感情を引きずっている親が
冷たい態度をとるならば、
また問題がぶりかえすことになります。



親が子供の感情的な行動に対して、
ねちっこく引きずるなら、
親子関係に問題が起こる機会が増えるだけです。


子供は次々と感情的に問題を起こすものだから、
問題が溜まっていく一方です。


悪いことは悪いと指導することは大切ですが、
指導が終わったのであれば、
子供がケロっと忘れているように
親もケロっと忘れてあげるのも
大切なことです。


いちいち感情を溜めていたら
親子関係が息苦しくなってしまいます。


改めてリセットして、
親子関係をつくっていくという方が
より建設的な子育てになると思いますよ。

2019年3月7日木曜日

【危機的状況】親子の会話が大切な理由


子供たちが小さいころに大切になってくるのが
親子の会話です。

そして、最近親子の会話が危機的状況にあります!


そのことについては後半で書きますが、
まずは親子の会話が大切な理由は大きく3つ述べますね。


1)親子の会話の量で言語能力が大きく変わってきます。

2)親子の会話を通して、
 親子の信頼関係は高まります。

3)親子の会話を通して、親の価値観が子に伝わります。


それぞれについて少しだけ説明しますね。


1)言語能力について


子供が言語能力を手に入れる方法は3つで、
「テレビ、本、会話」に分かれます。

漫画も本に含めますし、YouTubeなどはテレビに含めます。

テレビ、本と会話が大きく違うのは、
会話が受信と発信の両方を兼ね備えているという点です。

自分が何回も聞く言葉を徐々に覚えていくのは、
3つとも同じですが、
会話だけは、自分が発信したことに対して、
相手からすぐにリアクションがあります。

物事を覚えるときインプットだけでは覚えにくく、
アウトプットがあることで覚えやすくなる。


これはテスト勉強のときに経験があるかと思います。

参考書を読んでいるだけでは覚えられないけど、
問題集を解くことで記憶に定着してきたはずです。


自分の頭の中にある言葉を使おうとした時点で
記憶に強く残りますし、
さらに良いのは間違えていたときに
すぐに修正してもらえるからです。


親から言い直してもらって、
すぐにリピートしていたら、
受け身でテレビを見ているより、
言語能力は大きく進歩します。


2)信頼関係を築く


人は接触回数が増えれば増えるほど、
相手を信頼するということがわかっています。


テレビでコマーシャルが頻繁に流れるのはそのためです。
何回も目にするものを信頼してしまう傾向があるのです。


親子は毎日一緒にいるので、
目にする回数が多いので信頼することは当たり前ですが、
人間と人間の信頼関係はそんな簡単なものではありません。


親子の間でコミュニケーションが密な場合は、
子供は非行に走りづらいというデータもあります。
※価値観の強要や命令などの一方通行はダメ


しっかり、自分の話を聞いてもらい、
それに対して反応がある。
喜んでくれたり、悲しんでくれたり。


そのような心の交流を通して
人は信頼関係を高めていくのです。


3)価値観伝達


学校の先生なら授業を通して教えたい内容を
伝えることができます。


ご家庭で授業ができるでしょうか?
できないですよね。

それなら、親が学んできた経験、価値観などは、
いつ子供に教えてあげたらいいのでしょうか。


勝手に学んでくれるだろうというのは、
誰もが家庭で仕事をしていた古い時代の話です。


親の働く姿を通して、何か大切なことを学んだ
ということが昔はあったかもしれませんが、
最近ではそんな姿も見せることができません。


だとしたら伝える方法はただ一つ。
親子の会話なんです。



そんな親子の会話が最近は危機的状況にあるみたいです。


親も子も忙しすぎるのです。


低学年のころから塾や習い事が詰め込まれた子どもたちは、
心に余裕をもって会話を楽しむ時間がありません。

やれ宿題だ。
やれ習い事の予習、復習だ。


親は家庭のために頑張って働きます。
朝から夜までお父さんは家にいません。


子供の習い事のお金を稼ぐ必要があります。
家賃も払わなくてはいけません。
子供が私立学校に行かせる必要もあります。


そうやって親も子もいっぱいいっぱいで
会話を楽しむのは週末の少しの時間のみ。


しかし、少しの時間にも関わらず、
結局伝えることは、
「勉強やったか?」という話題ばかり。


そうなると、親子の会話は消滅している状態です。


高い私立学校に行かせるために、
高い受験塾に通わせる。
そのため学費を稼がなければならないから
仕事は残業する。


そうやって親子の会話が無くなることは
果たして子供の未来のために良いことなんでしょうか。


別に公立学校でも良いのではないでしょうか?
低い学費で構わないなら、
仕事だって残業しなくてすむかもしれません。


ちょっと狭い家に抑えれば、
家賃も安くなり、
残業時間を減らすことができ、
もっと親子の会話は増やすことができるのではないでしょうか。


親子の会話は習い事より大切なことです。
親子の会話は仕事と同じくらい、もしくはそれ以上に大切なことです。


1度しかない人生の中で
何を大切にしなければならないのかを
見失うことなく、
親子の会話が危機的状況にならないようにしたいものですね。


2018年10月22日月曜日

子の悪い友達関係を親としてどうするか?



あの子とは遊ばないようにしなさい。

白い壁で上品そうなお母さんが、
子供に凛とした口調で語る場面。

学園モノのドラマでありそうな場面ですよね。


でも、あれは決してフィクションだけの世界ではなくて、
現実の世界でも子供が選ぶ友達を否定する親がいるものです。


確かに友達から悪い影響を浮けないか
気がきではない親もいることでしょう。


でも、親が何を言っても、
子供は自分で友達を選ぶもの。
むしろ友達にまで口出しされると、
親への反発の気持ちがわくものです。


そうやって親子関係に小さくてもヒビが生まれてしまいます。


子供は成長しても、
自分の友達を否定した親のキリキリした姿を忘れないものです。


今は少子化と言われています。
子供の数はどんどん減る一方です。


そんな時代の中、
友達を作るというのはとても貴重なことです。


たとえどんな友達を選ぼうとも、
子どもたちが選んだ友達は、
今の子どもたちの選択の中ではベストなんです。
子供はそう思って選んでいます。


確かに悪い影響を与える友達もいるでしょう。


そこで大切になることは、
親子関係がしっかりしていることです。


会話の中で、我が子が友達と何をしたのか
などが出てくる関係がベストです。


親は友達を否定するのではなく、
その行為を否定するのは構わないです。


ただ糾弾するのではなくて、
これこれこういう理由で
だめだと思うなって
わかりやすく価値観を語ればいいんです。


親子関係がしっかりしていて、
子供が本当に親の価値観を理解して、
自分に取り入れていれば、
自然と悪い影響を受ける友達からは離れていくものです。


その結果として、
友達を否定する必要なく、
自然と最適な友達関係というのが形成されていきます。


大切なことは、友達関係にキリキリするのではなく、
親子関係を密にすることです。


そして、勉強以外の話をたくさんすること。
テレビの話題でもいいし、ゲームでもOK。
スポーツ、お笑い番組など、
たくさんの話をすればするほど、親子関係は密になっていきます。


そうしておけば、
いざ、変な影響を受けそうな場面でも
子供たちを手助けしてあげることができるのです。


友達関係に口出しするくらいなら、
親子関係を密にする。


子育ての1つの参考にしてみてくださいね。


2018年6月21日木曜日

子育てを成功に導く「信頼関係」



私が考える子育てというのは、
氷山のようなものです。


子供の教育に熱心な方は、
この氷山の一角、水面から出ているところだけを見ています。


なかなか子供が思うように
話を聞いてくれず、
途方に暮れている方もいます。


反抗期かな?
なんて言葉も聞こえてきそうですが、
反抗期という簡単なくくりで終わらせるのではなく、
次のことに目を向けてもらえたらなって思います。


氷山には水面下に見えている部分の何十倍もの氷が隠れています。


子育てでは、この隠れた氷が大切になってくるのです。


隠れた氷の部分があるから、
水面の氷は水面に顔を出すことができます。


ということは、
この水面下の氷をどう育てたらよいのか?
ということが子育てのヒントになります。


水面下の氷とは「信頼関係」です。


子と信頼関係が築けていない親が、
どれだけ子供に指導しても聞くわけがありません。


例えるなら、
毎日子の顔も見ることなく、
土日はゴルフをしている父親の言うことは、
子供は聞かないということです。


信頼関係とはどうやって築けるのか。


それは、たわいもないことを通して
一緒にいる時間を増やすことです。

血のつながりとかではなく、
一緒にいる時間が信頼関係を深くします。


たわいもない話。
一緒に遊ぶこと。


そんなことを通して徐々に親子の信頼関係は太くなり、
その太い信頼関係があるからこそ、
はじめて親が教えたいことを子は聞いてくれるようになります。


子育ては氷山に似ている。


覚えておいてほしいことです。

2018年4月26日木曜日

子供は作るものではなく、授かるもの。


子供を作るという言葉の違和感


テレビを見ていたら、
芸能人が「子供を作る。」
という発言をしていました。


子供を作るって当たり前に使う言葉で
特に違和感なく聞くことができますが、
なんかその芸能人だけは
ちょっとひっかかるものがありました。


「子供を作る」というところになんか、
親のエゴのようなものを感じたのです。


「子供を作る」という言葉には
親によって作られる物というニュアンスがあって、
所有物のような感じすら受けます。


別に普段の生活で知人から聞いても
何も違和感はなかったのですが、
その芸能人の浮ついた感じに少し反感をおぼえたのかもしれません。


「子供を作る」より「子供を授かる」


とにかく、
子供というのは親の所有物ではなく、
「親が作る物」ではなく、
むしろ、「授かる」くらいが良い表現ではないでしょうか。

子供を授かる


授かるものだから、
子供が本来もっている資質を
伸ばしてあげるという方がしっくりきます。


親が思うように、親が期待するように、
親の価値観に合うように、
子供を作っていくという方は
全くしっくりきません。


私たち大人と子供は違う生き物。
将来なんて見えません。


さいごに


期待するのはよいですが、
期待しすぎるがあまり、
子供の価値観を尊重せず
親の価値観を押し付け過ぎることがないように。

2017年10月24日火曜日

子どもの勉強嫌いは親がつくる / 後日談

前回、勉強嫌いは親が作るという記事を書きました。

参考記事⇒勉強嫌いは親が作る


子育てに関する書籍は、
たぶん他の親と比べても
圧倒的な量を読み込んでいます。

しかも、教師としての経験もあり、
子どもを指導することには自信もあります。


そんな自分でも、我が子のことになると、
冷静さを失い、
理論武装は解除され、
素の自分が出てしまうときがありました。


素の自分ということは、
本音の本音がまだまだ未熟だということです。


勉強を教えるとき、
どうして感情的になってしまうのか。


そこをもう一度見つめてみる必要がある。
そう考えました。


勉強ができるようになってほしい
という思いは当然あるのですが、
それ以外に余計な邪魔になる思考が隠れていました。


「他の子のように」

これは塾で同じ学年の子を見ているので、
無意識の中で比較していたようです。

比較することで、
勝手にイライラを生み、
そのイライラをぶつけていたようです。


「勉強の価値を高め過ぎ」

そもそも勉強は大切ではありますが、
勉強と親子関係を比べて
どちらを大切にしたいのか。


親子関係が良好の方が、
絶対に良いと思います。

人生は勉強以外にも
子どもの前には壁が現れるもの。


たかが勉強で親子関係に亀裂が生じ、
のちのち、もっと大事な相談を
してくれない関係になってしまうなんて、
本当にもったいないことです。


「たかが」というのは勉強を
馬鹿にしているわけではなく、
それ以上に親子関係の方が大事だということです。


勉強に対して肩の力が抜けたことが
子どもとの関係を良好にしました。


そして、前回の記事で反省したのち、
子どもがまた算数の問題で相談してくれました。


そのときは、
いたって普通の口調で優しく教えることができました。

子どもも「簡単なことだったんだ」
と理解できたことを喜んでいました。


教えてもわからないからと
イライラする必要はなく、
別の言い方にすればいいだけ。


それでもわからなければ、
やり方をほとんど教えてあげるのも手です。


子どもが初めて自転車に乗る時、
親が後ろで持って押してあげるようなもの。


そのうち後ろから押さなくても
自分で走れる日が来ることでしょう。


それをいきなり強い口調で
どうして乗れないんだ!
なんてやったら、
自転車に乗ることが嫌いになってしまいます。


勉強嫌いにしないための子育ての
一つのヒントになればと思い、
書いてみました。


2017年7月8日土曜日

過保護な親から弱い子どもが育つ

子どもは守らなければいけない
弱い存在だ。


そのように考えている親にとって
子どもは本当に守らなければならない
弱い存在になっていきます。


子どもがもともと弱かったのか、
それとも弱いから守らなければ
と考えているから弱くなるのか。


親が子を守り過ぎているから子が弱くなっている
というのが真実なのではないでしょうか。


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親が子供に教えなければならないのは
「転ばない方法」ではなく
むしろ人間は転んでも何度だって
立ち上がれるということじゃないか!?

     ハチミツとクローバーより
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先日、アマゾンの先住民族の生活を
テレビで見る場面がありました。


子どもたちは幼いころから
肉にかぶりついています。


日本ではあれは身体に良いだの悪いだの
という情報が溢れていて、
まるで安全な食べ物は
ほとんど残されていないかのようです。


しかし、アマゾンで暮らしている子は
消化が良いだの悪いだのは関係なく、
焼いたばかりの肉を3歳くらいの子が
がぶがぶ食べていました。


きっと消化器官や歯、歯茎が
鍛えられているんでしょうね。


さらに大人が子供用の木のボートを作ってあげて、
練習をさせるそうです。

危険だから川に近づくなではなく、
生活のためにボートに乗る練習をする。


日本では靴紐をいつまでも結んであげる親がいます。


スポーツ系の習い事をしていて、
ちょっと躓いたり、
指導が強かったりすると止めさせる親もいます。


もちろん、理不尽なことであれば、
止めさせるのも正しい判断ですが、
安易すぎる判断の場合は考え物です。


子どもを守れば守るほど、
子どもは適応能力を発揮することなく
自分に快適な環境が外から勝手に近づいてくる
という王様の様な状態になります。


子供は失敗から学ぶことが大いに許される時期です。

大人になったら失敗に責任が付きまとうため、
なかなか失敗を繰り返すわけにはいきません。

失敗を責任なくできるのは子どもの時期だけです。

だからこそ、親が転ばぬ先の杖となり
助けすぎるとせっかくの失敗のチャンスを逃すことになります。

失敗は成長の種です。

失敗から学んだことは
自分の心の中に強烈なインパクトとして
植え付けられるので
一生の宝になります。


子どもの失敗を許せる社会になることを
願ってやみません。

関連する記事
世話を焼きたがる親から弱い子が生まれる

2017年6月26日月曜日

親子間の会話が無くなる原因は思春期のせいではない。



親子の断絶。

かなり衝撃的な言葉ですが、
軽い状態の家庭は思った以上に多いものです。


子どもが話してくれなくなった。


思春期に入った子は
親と積極的に話したがらない傾向にあります。


が、思春期だけの影響ではないことがあるので
注意が必要なんです。


というのも、思春期に入った子のすべてが
親と話さなくなるというわけではないので、
他にも原因があると考える方が普通です。


その原因の中で重要なものが
親が子をジャッジするということ。
自分の物差しで評価するということです。


何か子どもが相談したとき、
話の内容だったり、
その子の想いだったりを
しっかり理解しようとするのではなく、
自分の主観で評価する親は多くいるものです。


例えば、(極端な例をあげますが、)
家に帰った子どもが、
「今日、学校で先生に怒られたんだ。」
と伝えたとします。

すると、
「何か悪いことしたんじゃない?」
と親が答える。

何気ない会話ですが、
この瞬間に子どもは親に話をしようという
意欲をそがれます。


頑張ってさらに話を進めたとします。
「消しゴムを落として拾っただけで、
 怒られたんだよ。」

すると、
「先生にちゃんと言わないで拾ったあなたが悪いんでしょ。」
と間髪入れずに評価する。


何かにつれて自分をジャッジされる
経験をすれば、子どもが親に話をしたくなくなるのは
当然のことでしょう。


そうやって自然と親に対して
自分の意見、考えを言わなくなり、
その時期が思春期と重なることがあります。


思春期と重なると、
親は自分に原因を求めず、
思春期のせいにします。


自分の態度を変えることがなければ、
親子関係は悪化する一方です。


たしかに経験豊かな大人が
評価してアドバイスすることは重要ですが、
そのタイミングを間違うと
評価、アドバイスすらでっきないほど
親子間の会話が無くなってしまうという状況にもなります。


しっかり聞く。
思いを理解する。


そんな基本的なことを
大切にすることが子育てでは大切になります。

2017年5月15日月曜日

会話が超少ない親子関係を打破する


たくさんの子育てをする親子を見てきました。

かなり悪い方向に進んでいなと感じるのが、
会話が一方通行の親子です。

一方通行ならまだ良い方で
会話がほとんどない状態の親子もいます。
親子の会話が少ない


幼少期の子どもは
本当に良く話します。


なぜ?どうして?


親子の会話は双方向でした。
むしろ、子どもの方が多いくらい。


それがどうして一方通行になってしまうか。


その原因の1つは、
親の感情的な対応です。


子どもから何か言葉が発せられたとき、
自分の意図に沿っていなければ、
感情的にさえぎってしまうという行為です。


そんなことを無自覚でしている人は
とっても多いものです。


例えば、
「今日学校でA君が先生から怒られていたんだよ。」

なんてたわいもない会話ですが、
そこで
「どうしたの?」
とさらに子どもが話す機会を与えればよいのに、
「それはA君が悪かったんでしょ。」
と勝手にジャッジして、
会話を終わらせてしまう。



子どもからしてみたら、
何も状況がわかってもいないのに、
裁判官のようにジャッジする大人を見て、
信頼できるでしょうか?


いつか自分も理由も聞かれず
思い込みでジャッジされる恐怖を
1mmでも感じてしまうのです。


子どもの信頼をなくす行為を
積み重ねていけばいくほど、
子どもは親に何も話さなくなる。


最後の最後は、
学校で何があったの?
と聞いても
「別に」
としか答えてくれなくなるのです。


だからこそ、
親が子育てで注意しなければならないことは
自分の意図から外れていても、
すぐにジャッジしないということ


子どもの会話を
親の意図ではなく、子どもの意図を大切にして
しっかり聞いてあげる。


そんなことを積み重ねていけば、
子どもが成長してきても、
しっかりと対話できる関係になります。


子育ての参考になれば幸いです。

2017年4月7日金曜日

【ドラえもんとのび太の関係】は【親子関係】のダメな見本

ドラえもんがのび太をダメにする

ドラえもんに出てくるのび太。
本当にダメな子ですよね(^-^)

何をもってダメと定義するかは難しいところ。
でも、のび太くんには悪いんですが
とりあえず「ダメな子」とします。


ドラえもんのストーリーは、
そもそものび太がダメで見かねた未来ののび太の孫?
がドラえもんを過去に送ったという設定でしたよね。


ストーリー的にはのび太がダメだから
ドラえもんを送ったとなっていますが、
果たしてそうなんでしょうか?


「ドラえもんを送ったからのび太はダメになった。」


こっちの方も真実ではないでしょうか??


何か困ったことがあると、
「ドラえも~ん」
とのび太はすぐに泣きつきますよね。


どうして泣きつくのかと言えば、
ドラえもんは愚痴を言いながらも
最後には「仕方が無いなぁ」と言って助けてくれるからです。


これと同じようなことが
日本の子育てでも見られています。


子供たちが何か親にお願いをしたとき、
ダメだと口で言いながらも
結局願いを叶えてあげていませんか?


例えば食事のとき。

「にんじん食べなさい!」と親が言う。

「にんじん嫌い!」と子供が言う。

で、最終的には食べないで済むなんてことがありませんか?


例えとしては簡単な例ですが、
こんなドラえもんとのび太の関係のような親子が
けっこういるものなんです。


私たちは大きくなっていく子どもたちを
一生支えていける体力はありません。
普通は先に死にます。


子供たちは自分の家庭をもち、
自立して自分の家族を支えていく力を
もつ必要があります。


それが最終的な目標であるにも関わらず、
ずるずると子どもを甘やかしてしまっては
大人になったときに子どもが困ります。


本当に子供を愛していて、
未来のことを考えているのであれば、
愛しているからこそ厳しく接することも大切
なのではないでしょうか?


のび太や子どもたちをダメにするか
自立へと導くかは、
ドラえもんや私たち大人にかかっていますね!

2017年4月5日水曜日

共働きしながら子育てするとき大切なこと

共働きの子育て

共働きの家庭が増えています。


今の日本の社会では
普通のことになってきていますよね。


教育現場では、
学校や家庭で暴れてしまう子が増えてきている
と言われています。


この共働きと学校や家庭で暴れてしまう子どもには
密接な関係があるのです。


子どもが学校で生活をしていれば、
自分の思うようにいかないこと、
理不尽なことがたくさんあります。


そのようなことが学校であったとき、
子供がイライラして家に帰ることもあることでしょう。


子供は心に溜まった不満をどこかに吐き出したい気持ちで
いっぱいです。


そんなときに、
共働きの家庭では、
子供の話を聞いてあげる時間が短くなってしまいがちです


そのこと自体は共働きでは仕方がないことでもあります。
また、時間ではなく、話の内容の濃さで補うこともできるでしょう。


ただ、次のようなときには仕方が無いと流すことができず、
親子関係に問題が起こりやすくなります。


それは、親が仕事場で問題があり、
イライラしているときや、
忙しすぎて心に余裕がないとき
です。


そのような仕事でとき、
家に帰って子どもの話を
余裕をもって受け止めてあげることができないのです。


さらに悪いこともあります。


自分が仕事に忙しく、罪悪感を抱えているとき、
何とか子供の役に立ちたいという思いが強くなり、
その思いの強さが返って仇となり、
子供に対しての小言が増えてしまうことです。


子どもと過ごす短い時間に
どうしても伝えたいことが出てきます。


子どもの宿題を見て、持って帰ったテストを見て、
何とかしなければと物申したくなります。


そんなときは子どもの言いたいことを
聞いてあげる心の余裕がなくなってしまいます。
子供の声を聞くより、自分発信の小言が多くなってしまうのです。



子どもを愛するからこその行動ですが、
子どもは愛を理解できず、
ただ、自分の話を聞いてもらえないんだと
ストレスを抱えてしまいがちです。


また、仕事で忙しく短い時間の中なので、
子供から学校で起こったトラブルを聞けば、
ビジネス感覚で早急に解決してあげたくなります。


論理関係を明らかにし、
解決策をてきぱきと伝えるような
仕事の延長線上のように子供との会話が行われることもあるのです。


学校で問題を抱え、
ただ聞いてもらって共感してもらいたかった子どもは、
てきぱきとジャッジされ、
自分が批判されるような気すらするものです。



このような経験を通して、
徐々に親に何も言わなくなってきます。


日々、子どもの心の中にある
イライラは消えず、残り続けます。


そのイライラが心の許容量を超えたとき、
学校で、家庭で、先生や親、友達にぶつけてしまう
という形をとるのです。


経済的な事情もあるので、
共働きも避けることは難しいでしょう。


また、共働きは決して悪いことではありません。


大切なことは、
共働きで子供の話を聞いてあげられる時間が短くても、
全ての行動をストップして子どもの話を全身で聞いてあげることです。

親が全身で聞いてくれているとわかれば、
子供の心は少しでも軽くなるものです。


共働きと子育てを成立させている家庭は、
会話であれ、一緒に遊ぶであれ、
子どもの中に溜まっているイライラを放出させてあげる
ということができています。


子どもの健やかな心の成長のために、
子どもの話を全身で聞いてあげる

ということを少し意識するだけで、
子どもの心は穏やかになっていきます。


共働きで子育てをされている方に伝えたいことでした。
参考になれば幸いです。

2017年3月30日木曜日

親の意見を聞かなくなる子どもの原因


小学生のころの教育はとっても大切です。


中学になって、親の言うことを聞かないという
相談を受けることもあります。


実は多くの問題は、小学校時代からあって、
でも目に見えるほど濃くなかっただけなことが多いんです。

中学になって、
ちょっと反抗的になってくるときに
始めて目に見えるほど濃くなってくるんですが
その濃いときには
ちょっと取り返しがつかないことも多いんです。


親の言うことを聞かないことには
色々原因がありますが
ざっくり2つだけ書きますね。


1つめは親の言うことに意味を感じていない。


小学生より論理的な思考ができるようになる中学生。
親に対して偉そうな発言をし始めるものです。

一応、中学生なりにしっかり考えていますので、
親の言うことに、しっかり筋が通っていないと、
反抗するものです。


ただし、ここで大切なのは、
親は心の中では筋は通っているんですが、
それは自分の中のことであって、
子どもの中で筋を通してあげる必要があるんです。


2つ目は、親の言うことを聞かなくても
問題が無かったという経験

例えば、ゲームは30分と決めたとします。

で、子どもが40分したとします。


その時の対応が、その後の子どもの行動を決めます。


注意して、ストップします。
が、10分オーバーしても
これくらいの注意で済むのか
という経験値を溜めることになります。


だったら、はじめから40分というルールに
しておけばよかったのです。


40分と決めても、きっと10分オーバーするでしょう。。。


もし、ルールを決めるなら、
破ってしまったときのことも
合わせて決めておかなければ
親とのルールは
破っても問題ないものになってしまいます。


10分オーバーしたら、
次の日は20分になる。

そう決めるだけで、
親と一緒に決めたルールは
守らなければという意識が強くなります。


ただし、こっちで一方的に決めてはいけません。
ただ、ルールに従うだけの生き方を
教えてしまうことになりますので。


ブログなんで、
長くは書けませんが、
とりあえず、親の言うことを聞かなくならないために
2つの原因を書いておきました。


参考になれば幸いです。

2017年2月16日木曜日

自然分娩の方が帝王切開より愛着、愛情を抱きやすい?!

東京都品川区立小学校の男性教諭が1月中旬、
担任をしている5年生の理科の授業で
「自然分娩(ぶんべん)で子供を産んだ方が、
帝王切開で産んだ時よりも親は愛着を抱きやすいという説がある」
と発言していたことが15日、同校への取材で分かった。

学校側は不適切な発言だったことを認め、
校長と発言した教諭が保護者会で謝罪した。
(出典:毎日新聞)

そもそもそんな説をどこで聞いたんだろう?
詳細はわからないけど、
学校が不適切だと言っているんだから不適切なんでしょう。

どうして不適なのか。

私が考えるに別の説を平等にあげてはいないからではないかな?
そういう説もあるけど
別の説もある。
詳細はわかってはいない。

それでも、帝王切開で生まれた子にとってみたら
わかっていないんだったら
今、そんな説を知る必要はないし、
ちょっと寂しい説だな・・・と
誰にもプラスになるとは思えない知識です。

全く根拠のない想像で
この担任の意図を考えてみないと
わからないです。

もしかすると

生みの苦しみ。
苦痛に耐えて産んだ我が子。

そんな言葉も頭の中に残っていて
苦しみに比例して愛情も深まる
という考え方があったのかな。。。

私は全くそんなことは思いませんね。

身近な物でも苦労して手に入れたから愛着がわく
というわけでもなく
昔使っていた安い鉛筆に愛着がわくことだって
あるわけです。

苦労とか値段とかそんなことは関係ない。はず。

結局、その後の親として
どれだけ真剣に向き合うかで愛情が深まる
と思うわけです。

自然分娩をして
そのまま赤ちゃんを遺棄してしまう親もいるわけです。

自然分娩をしたかったけど
やむをえず帝王切開にした人もいるでしょう。

そんなお母さんが
帝王切開にしたから自然分娩の人より
私は愛情が深まりにくいんだわ
なんて思う必要は1mmもないわけです。

もし本当に説があるなら
それを伝えるのは良いかもしれませんが、
その後に補足が必要です。

説があるけど、
実際はそんなことはないと。。

愛情というのは
そんな簡単な要素で決定するもんじゃない。
もっともっと深いものなんだと。

自然分娩でも
最近では無痛で産むことができるといいます。
1時間で産む人もいれば
10時間を越える人もいる。

出産の痛さや辛さ、時間で母親の愛情は決まらない。

苦労した子ほどかわいい。

苦労しなくてもかわいい。

母親になってから
どれだけ真剣に我が子と向き合えるか。

そこが愛情のポイントだと思うわけです。

2017年1月7日土曜日

親子は友達ではない!脱友達の様な親子関係

テレビを観ていると
友達のような親子がある。



仲が良さそうで
とても微笑ましいものです。



そんな友達の様な親子関係に憧れるのは
ちょっと待った方が良いかもしれません。



というのも、テレビに出てくるのはレアなケース
であることが多いからです。



テレビには出ていない友達の様な親子関係で
躾が全くできていなく
手の付けられない子になっている家庭も
山ほどあるかもしれません。



テレビなんて視聴者が喜んでくれればよいので
都合が良い部分しか放送しません。


友達同士の様な親子関係に一度なってしまうと
なかなか後戻りできないものです。



友達の様な親子関係になってしまうと
いざ伝えたいことがあっても
「はいはい。」と流されてしまうこともあります。



私は古風な教育をしようなんて気は
さらさらありませんが、
親子関係は友達関係とは違っているべきだと
考えています。



親は子供を育てるという時点で
社会に対して責任が生じます。



その子供の未来に対しても
責任が生じます。



子は野放しにしていても勝手に育ちます。
周りから学びながら成長することができます。



が、子が野放しに行動できるとき
悪い影響を受ける可能性が高いです。


野放しになった先には
同じ野放しになり躾をされていない友達が集まるからです。



躾がされず、野放しで育つことで
社会に迷惑をかける可能性が高くなります。



別に社会に迷惑かけないように
粛々と生きろと言いたいわけではありません。



まずは社会で生きるためには
社会のルールをしっかり身に付けて、
その上で自分の個性を伸び伸び発揮して
生きていけばいいのです。



親と子の関係が
友達である、友達でないなど、
本来、そんなことは些末なことです。


本質は違うところにあります。


伝えるべきことは伝える。
躾けるべきことは躾ける。


将来の子どものために良いと思うことであれば
心を鬼にしてでも身に付けさせる。



そのような確固とした親としての
責任感が大切です。



それが親になるということ。



結果として、友達の様な関係になっているかもしれませんし、
なっていないかもしれません。


それは後からついてくることです。
先に目標にすることではありません。



そもそも子供に好かれるために
親になったわけではありません。



親になるということは
好かれようが好かれまいが
子供の未来のために大切だと思うことがあれば
しっかりと伝える責任を負うことです。



伝えるだけではなく、
確実に徹底して行動できるようにさせる。




愛情が根底にあり、
感情的な伝え方でない限り、
子供は理解してくれるはずです。



吉田松陰は
叔父にあたる玉木文之進に
山鹿流兵学や侍としての生き方を厳しく指導されました。



例えば、
松陰が暑い田畑で文之進に学問を習っていたとき、
汗に群がったハエが気になって
頬を掻いたとき、厳しく折檻されたそうです。


藩という公のために学問をしているのに
痒いというの私心を出した。
私心を捨てきれないのは侍ではないとのこと。



それだけ厳しく躾をされながらも
松陰を玉木の愛情を感じていたので
恐怖心からではなく、
尊敬する師として仰いでいたそうです。



これは極端な例ですが、
情が根底にあれば、子には必ず伝わるはずです。


さらに、
子の将来のために
間違ったことをしっかり指導するのが
本当の愛情です。



子供との関係が壊れないように、
子供に嫌われないように
というのは子供のことを考えているのではありません。


自分のことを愛しているのです。



だからこそ、
親になったら
それこそ私心は捨てて、
子供の未来のために良いことは何か
ということを判断基準にし、
育てていくことが大切だと思います。



すると自然と友達の様な親子関係では
なくなってくるんだと思います。

2016年10月5日水曜日

子どもが親から逃げる理由


非行に走る青少年。


部屋に引きこもってしまう青少年。



テレビで伝えられる
現代日本の教育の歪み。




自分の子どもを親の所有物と思っている人は
もちろんいないでしょう。



が、小学校の高学年になっても
小さいころの可愛い記憶が抜け落ちず、
同じような対応をしている人がいるもの。



何をするにしても
いちいち口出しをして
何をするにも観察の目を怠らない。


監視される子どもたち



一見すると良い親にも思えますが
行き過ぎると子どもに依存している状態です。




思いやりと依存は全く違います。



思いやりというのは
そっと見守ってあげる時期になったら
ぐっとこらえて見守る心の強さが必要です。



依存というのは
自分の幸せを子どもの幸せに重ね、
自分無しでは無理だと思い込んで
いちいち子どものやることに関わろうとすることです。




幼少期と10代の子の扱いは違うものです。



10代の子はプライバシーという意識が芽生えてくるものです。
このプライバシーが尊重されないと
逃げ出すという選択をすることがあります。



物理的に夜の繁華街に逃げ出すなんてこともありますが、
そこまでプライバシーが侵害されていなければ
ささやかな抵抗で止まることでしょう。


うるせー。
うぜー。
別に。
何もない。
ふつう。


そんな感情のこもらない言葉で
その場をやり過ごして逃げようとします。


子供部屋がある場合は
部屋に閉じこもりがちになります。



10代になった子どもは
いちいち詮索してほしくないのです。


自由に行動する隙間を与えてほしいのです。




自分が子どものころはどうでしたか?
親に言えないこと、内緒にしたいこと、
たくさんありましたよね?




子が親のもとから逃げ出してしまい
関係性が0になるくらいなら
細かく口出しせずに見守ってあげた方が良いです。




子どもの頃の可愛い記憶の中では
関係性が10。
見守ることは5かも、2かもしれません。



でも、逃げ出してしまって0になるより
何倍も良いです。



何でも見守れといっているわけではないですよ。
一線を越えるようならぴしゃりと!
その話はまた別の機会に。




子どものプライバシーを守る。



幼少期に可愛かった子であればあるほど
寂しいものです。



でも、小学校高学年くらいにこ
育てている方は
プライバシーについても
心に留めておいてくださいね。

2016年8月31日水曜日

勝手な思い込みが親子関係を悪くする。



勝手な思い込みを捨てる。




簡単なようで難しいんだなと感じます。




モニタリングというTV番組である親子が出ていました。



娘が急に金髪のド派手な格好をしたら
父親はどんな反応を示すか?



といったテーマでした。



すると、父と娘の間にある心理的な壁が
言葉として表に出てきたんです。




父親と娘はほとんど会話をしなくなっていました。



父親は何を考えていたのか。
娘は何を考えていたのか。




父親は自分は娘に嫌われている、避けられていると考えていました。



娘は自分は父親にとって関心がない存在だと考えていました。




この両者の思いは間違っていたんです。



父親は娘のことを愛しているけど、
自分が話べたなのと、娘が自分を避けていると思って
余計に話しかけづらくなっていたようです。



娘は娘で父親が無口だから、
自分は避けられている、関心をもたれていないと思っていたようです。



結局は、両者の思いは事実ではなく、
両者が勝手に心の中で思い描いた相手に対する虚像だったんです。



自分が思っているように相手はなっていく。



そんなことをこのモニタリングを見ていて感じました。



一個前の記事にも書きましたが、
自分の中にあるネガティブな思いが
勝手にネガティブな現実を創りだしていたわけです。



きっと両者ともにお互いの良い部分も見えていたはずです。
話をするきっかけはたくさんあったはずです。



でも、思い込みが勝手にその良い部分やチャンスから
目をそむける方向に働き、
相手が自分を避けている行動のみが目に飛び込んで
勝手に確信を強めていたわけです。



こんなことが親子間にはたくさんあるんじゃないでしょうか?



自分も子どもたちに対して
そのようなネガティブな思い込みを勝手にするんじゃなく、
どうせ根拠がないのであれば
ポジティブな思い込みをしていきたい。



そんなことをモニタリングというテレビ番組を見ながら考えていました。




みなさんはお子様に対して思い込みありますか?

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