2019年6月13日木曜日
バンコク日本人学校の中学生の定期テストに思う
バンコク日本人学校の中学生が
今日と明日の2日間定期テストです。
子供たちは初めての定期テストということで
とても意気込んでいますね。
それに伴って保護者の方も肩に力が少し入り気味になっていませんか?
ご兄弟がいる方はそこまで力が入っていないかもしれませんが、
初めて中学生になったお子様がいる場合は、
ちょっと緊張感ありますよね。
どこかしらから内申点がどうたらこうたらと聞こえてきますし。
でも、子育てをする上で何を大切にするのか
という軸をぶらしてしまわないように注意が必要かなと思うのです。
子育てというのは
自立した人間を育てることですよね。
学校の定期テストの点数というのは、
自立した人間を育てるために大切なことであっても、
全てではないですよね。
自立した人間に育っているのか?
と考えるときの評価基準として
数々ある中の極々一部の評価基準です。
その極々一部の評価基準がために、
親子の関係が険悪になってしまうなんてことがあったら、
長い人生レベルで考えたら、
かなりマイナスの出来事ですよね。
私たちがあまりにも勉強の評価基準を大切にし過ぎてしまうと、
子供たちの自分への評価基準も、
勉強に偏り過ぎていってしまうものです。
勉強は大切ですけど、
それだけが人間の評価軸ではないので、
偏差値やら学歴やらで人を差別する思想の根っこにあるのは、
この点数優先主義なのかな?って考えています。
定期テストの点数が良いに越したことはないですが、
それよりも大切なのは
定期テストというものを通して
人間としての成長に必要な何を学ぶことができたのか?
計画性の無さだったい、
優先順位のミスだったり、
忍耐力だったり、
誘惑に負けやすい心だったり。。。
いろいろと人間として成長することに大切なことが
バンコク日本人学校だけでなく、
どこの中学の定期テストであれ見えてくるはずです。
悔いの少ない定期テストであってほしいですが、
それよりも人間としての学びが多くある定期テストであってほしいな
と一教育者として思います。
ファイト!
2018年6月12日火曜日
日本人学校が良いか?インターナショナル校が良いか?
最近気づいて驚いたことは、
英文の写真をとったら、
勝手に日本語に訳してくれるアプリがあったということです。
訳の精度は完璧ではなく、
文書にちょっと変なところもあったけど、
十分に意味はわかるレベルでした。
この技術の進歩の速度はかなり速く、
今の子供たちが大人になるころには
もっと精度が高まり、さらに使いやすい形で
一般的に普及していることでしょう。
そう考えると、
英語が話せるというのは、
サラリーマンで例えるなら、
ワード、エクセルが自由に使えるという程度の価値になっていく
と予想することもできます。
私の塾で教えている方の保護者の方から
日本人学校が良いのか、
インターナショナル校が良いのか迷っている
という相談を受けることがあります。
私はどちらの学校も一長一短があることと、
その子の目指す将来によって
どちらが良いかということも変わってくるので、
明確な答えを用意はしていません。
ただ、今述べてきたようなツールが生まれていることは事実で、
英語の希少価値が下がっていると思われます。
そのため、英語を話せるようになりたいという目的だけでは、
インターを選ぶ動機としては弱いと思います。
英語はツールであり、
一昔前ならそのツールを使いこなせる人の数も少なかったので
英語を話せるだけで希少価値がありましたが、
今の時代は先ほどの画像翻訳のように、
どんどん希少価値は下がることでしょう。
英語を学びに行くのではなく、
インターナショナルならではの内容を学びにいくのであれば、
インターナショナル校で学ぶ意義があるのだと思います。
英文の写真をとったら、
勝手に日本語に訳してくれるアプリがあったということです。
訳の精度は完璧ではなく、
文書にちょっと変なところもあったけど、
十分に意味はわかるレベルでした。
この技術の進歩の速度はかなり速く、
今の子供たちが大人になるころには
もっと精度が高まり、さらに使いやすい形で
一般的に普及していることでしょう。
そう考えると、
英語が話せるというのは、
サラリーマンで例えるなら、
ワード、エクセルが自由に使えるという程度の価値になっていく
と予想することもできます。
私の塾で教えている方の保護者の方から
日本人学校が良いのか、
インターナショナル校が良いのか迷っている
という相談を受けることがあります。
私はどちらの学校も一長一短があることと、
その子の目指す将来によって
どちらが良いかということも変わってくるので、
明確な答えを用意はしていません。
ただ、今述べてきたようなツールが生まれていることは事実で、
英語の希少価値が下がっていると思われます。
そのため、英語を話せるようになりたいという目的だけでは、
インターを選ぶ動機としては弱いと思います。
英語はツールであり、
一昔前ならそのツールを使いこなせる人の数も少なかったので
英語を話せるだけで希少価値がありましたが、
今の時代は先ほどの画像翻訳のように、
どんどん希少価値は下がることでしょう。
英語を学びに行くのではなく、
インターナショナルならではの内容を学びにいくのであれば、
インターナショナル校で学ぶ意義があるのだと思います。
2016年4月10日日曜日
小学校で戦いごっこ禁止?子どもの遊びに寛容な社会を・・・
私の子どもが1年生だったころです。
担任の先生から
学校で息子が戦いごっこをしていたことと
学年で戦いごっこが禁止になっていると
電話連絡を受けたことがありました。
自分が小学生だったころは、
グループをつくって戦いごっこをした記憶は
当たり前のようにあるんで
正直、そんなことを言われるとは思わず
驚いたものでした。
ただ、この様な流れは徐々に広がっているんでしょうね。
自分は小学校で戦いごっこは
当たり前にしていました。
時々強めに叩いてしまって喧嘩になりそうになることがありました。
だからこそ、みんなで
徐々にルールを作りあげていって、
ケガしない程度のスリル感で楽しんでいたものです。
戦いごっこが禁止になる小学校での
理由は様々あるようですが、
主なものは2点。
ケガする可能性があるということ。
保護者トラブルのものになる可能性があるということ。
実にくだらない理由だと思いませんか?
ケガになる可能性が高いものを禁止にするなら
跳び箱禁止にした方がよっぽど安全です。
戦いごっこでは致命傷になるほどのケガは起りません。
だからこそ、禁止にするのではなく
許してあげてもいいのではないでしょうか?
戦いごっこのように自分たちでルールを
どんどん作っていき、
想像力をフルに使える遊びこそ
子どもたちの生きる力を高めてくれるのです。
遊びというものはルールを作れば作るほど
子どもたちが必要とする想像力が低下します。
裏を返せば、
戦いごっこのように
ルールを自分たちで作り上げる遊びこそ
想像力を高めると言えるはずです。
また、保護者と保護者のトラブルを恐れて
戦いごっこを禁止にしなければならないのであれば
それは私たち保護者の責任もあるのかもしれません。
学校の先生をやっていたころ
次の様なことがありました。
子どもたちのちょっとしたトラブルなのに
親が重くとらえ過ぎてしまって介入することで
逆にこじれてしまうということ。
ちょっとしたトラブルに親が介入することで
保護者同士のトラブルになってしまい
学校にクレームとしてあげてくるということ。
この様なことがあると
戦いごっこを事前に禁止にしなければならなくなることにも
少しは理解できるところがあります。
理解はできるのですが、
戦いごっこの様に
子どもたちの想像力を刺激するものを
禁止にしてしまわなければならない世の中は
間違った方向に進んでいます。
私たち親が子どもたちの遊びに対して
寛容になって見守ってあげる心の余裕が必要です。
私も余裕をもって子どもを育てていきたいと思います。
子育ての参考になればうれしいです!
担任の先生から
学校で息子が戦いごっこをしていたことと
学年で戦いごっこが禁止になっていると
電話連絡を受けたことがありました。
自分が小学生だったころは、
グループをつくって戦いごっこをした記憶は
当たり前のようにあるんで
正直、そんなことを言われるとは思わず
驚いたものでした。
ただ、この様な流れは徐々に広がっているんでしょうね。
自分は小学校で戦いごっこは
当たり前にしていました。
時々強めに叩いてしまって喧嘩になりそうになることがありました。
だからこそ、みんなで
徐々にルールを作りあげていって、
ケガしない程度のスリル感で楽しんでいたものです。
戦いごっこが禁止になる小学校での
理由は様々あるようですが、
主なものは2点。
ケガする可能性があるということ。
保護者トラブルのものになる可能性があるということ。
実にくだらない理由だと思いませんか?
ケガになる可能性が高いものを禁止にするなら
跳び箱禁止にした方がよっぽど安全です。
戦いごっこでは致命傷になるほどのケガは起りません。
だからこそ、禁止にするのではなく
許してあげてもいいのではないでしょうか?
戦いごっこのように自分たちでルールを
どんどん作っていき、
想像力をフルに使える遊びこそ
子どもたちの生きる力を高めてくれるのです。
遊びというものはルールを作れば作るほど
子どもたちが必要とする想像力が低下します。
裏を返せば、
戦いごっこのように
ルールを自分たちで作り上げる遊びこそ
想像力を高めると言えるはずです。
また、保護者と保護者のトラブルを恐れて
戦いごっこを禁止にしなければならないのであれば
それは私たち保護者の責任もあるのかもしれません。
学校の先生をやっていたころ
次の様なことがありました。
子どもたちのちょっとしたトラブルなのに
親が重くとらえ過ぎてしまって介入することで
逆にこじれてしまうということ。
ちょっとしたトラブルに親が介入することで
保護者同士のトラブルになってしまい
学校にクレームとしてあげてくるということ。
この様なことがあると
戦いごっこを事前に禁止にしなければならなくなることにも
少しは理解できるところがあります。
理解はできるのですが、
戦いごっこの様に
子どもたちの想像力を刺激するものを
禁止にしてしまわなければならない世の中は
間違った方向に進んでいます。
私たち親が子どもたちの遊びに対して
寛容になって見守ってあげる心の余裕が必要です。
私も余裕をもって子どもを育てていきたいと思います。
子育ての参考になればうれしいです!
2015年12月22日火曜日
子供の通知表に対する親としての正しい対応とは?
通知表の時期になると
自分の子どものころを思い出します。
思うような結果が出なかった通知表のときは
家に帰る歩みも遅くなり、
「家に帰りたくないなぁ」なんて思ったこともありました。
私の息子はどんな結果であれ、
普通に見せてくれます。
私が子どもだったころとは全く違います。
それには理由があります。
私がどんな結果であれ、
怒ることもぐちぐち言うことがないからでしょう。
事実を冷静に伝えるように心がけています。
それには次のような考えがあるからです。
通知表はもらう前から結果はわかっている。
通知表はいきなり一週間だけ
子どもを見て評価をくだすものではありません。
テストの点数が多大な影響を与えていますが、
そのテストというのは、
学期がはじまってから
ずっとずっと行われてきたことです。
我が子がもって帰るテストや
ドリルの宿題の正答率などをチェックしていれば
だいたいの成績は予測できるものです。
だから、もって帰って成績を見ても
別に驚くこともなく、
ただ頑張ったところを認めてあげ、
課題となるところを話し合えばいいんです。
もし、結果にショックを受けるようなことがあるなら、
次の2つが理由であることが多いです。
1)先生の評価がミスしている
2)日頃、自分が子供のことを見ていない
もし、通知表を見てぐちぐち言いたくなったときは
「日頃からよく子供を見ていなかったのかも」
と自分を反省するようにしています。
この様な結果をもってかえる前に
自分が我が子の様子で見落としていたことがあるのではないか?
自分が親としてサポートできることがあったのではないか?
感情的に叱るより、
自分の在り方を振り返った方が
子どもの成長のためにはよっぽど建設的。
学校の教師をやっていたときは
通知表は子どもへの評価でもあり、
教師である私の指導への評価でもあると考えていました。
だから、親になった今も同じようなことを考えています。
通知表は親としてしっかり手立てができたかの評価でもある。
だからといって、
もし思うようにいかなかった通知表を見ても
落ち込む必要はありません。
別に子供の価値を測る物差しは
通知表だけではないからです。
もっともっと別のところにも
子どもの価値はありますよね。
ただ、義務教育の範囲なんで、
ある程度は結果を出すべきだと思いますので、
あまりにも思うようにいかなかった場合は
親として何かサポートできるのか?というところにポイントを
おいて次の学期の作戦をねればよいのです。
結果は変えようがありません。
今は頑張ったことを褒めてあげること、
課題となることを一緒に考えてあげること。
通知表の時期になると
自分の子供時代を思い出し、
毎回、このようなことを考えるのです。
私の個人的な見解ですが、
何かの参考になればと思って書いてみました。
自分の子どものころを思い出します。
思うような結果が出なかった通知表のときは
家に帰る歩みも遅くなり、
「家に帰りたくないなぁ」なんて思ったこともありました。
私の息子はどんな結果であれ、
普通に見せてくれます。
私が子どもだったころとは全く違います。
それには理由があります。
私がどんな結果であれ、
怒ることもぐちぐち言うことがないからでしょう。
事実を冷静に伝えるように心がけています。
それには次のような考えがあるからです。
通知表はもらう前から結果はわかっている。
通知表はいきなり一週間だけ
子どもを見て評価をくだすものではありません。
テストの点数が多大な影響を与えていますが、
そのテストというのは、
学期がはじまってから
ずっとずっと行われてきたことです。
我が子がもって帰るテストや
ドリルの宿題の正答率などをチェックしていれば
だいたいの成績は予測できるものです。
だから、もって帰って成績を見ても
別に驚くこともなく、
ただ頑張ったところを認めてあげ、
課題となるところを話し合えばいいんです。
もし、結果にショックを受けるようなことがあるなら、
次の2つが理由であることが多いです。
1)先生の評価がミスしている
2)日頃、自分が子供のことを見ていない
もし、通知表を見てぐちぐち言いたくなったときは
「日頃からよく子供を見ていなかったのかも」
と自分を反省するようにしています。
この様な結果をもってかえる前に
自分が我が子の様子で見落としていたことがあるのではないか?
自分が親としてサポートできることがあったのではないか?
感情的に叱るより、
自分の在り方を振り返った方が
子どもの成長のためにはよっぽど建設的。
学校の教師をやっていたときは
通知表は子どもへの評価でもあり、
教師である私の指導への評価でもあると考えていました。
だから、親になった今も同じようなことを考えています。
通知表は親としてしっかり手立てができたかの評価でもある。
だからといって、
もし思うようにいかなかった通知表を見ても
落ち込む必要はありません。
別に子供の価値を測る物差しは
通知表だけではないからです。
もっともっと別のところにも
子どもの価値はありますよね。
ただ、義務教育の範囲なんで、
ある程度は結果を出すべきだと思いますので、
あまりにも思うようにいかなかった場合は
親として何かサポートできるのか?というところにポイントを
おいて次の学期の作戦をねればよいのです。
結果は変えようがありません。
今は頑張ったことを褒めてあげること、
課題となることを一緒に考えてあげること。
通知表の時期になると
自分の子供時代を思い出し、
毎回、このようなことを考えるのです。
私の個人的な見解ですが、
何かの参考になればと思って書いてみました。
2015年12月14日月曜日
個別面談を最大限に生かす姿勢とは
私が所属していたバンコク日本人学校の個別面談は
1人15分弱。
日本にいた時も個別面談なんてものは
本当に短い時間でした。
みなさんも個別面談に行って
わずか15分程度で話したことは
今でも記憶に残っていますか?
記憶に残っていない人って多いもんなんです。
なぜって、それだけ浅い話しかできていないから。
先生の人柄を見に行くなんてことも
面談では大切な要素かもしれませんが
もっともっと大切な要素があるんです。
自分は自分の子を色眼鏡で見ている。
冷静に客観的に見ているつもりでも
人間というものは身近なものほど見えないもの。
自分の見たいような色で見えてしまうんです。
また、子どもの家での様子と学校の様子はかなり違うもんです。
先生は我が子ではないからこそ
他人の子を客観的に冷静に見つめています。
その色眼鏡ではない目で見た
客観的な情報をもらいに行くのが個別面談です。
そのとき、大前提になるのが
自分は子どもを褒めるのが上手なのか
そうではないのかということです。
褒めることが上手な人は
学校での良かった点などは
あまり聞く必要はないでしょう。
いつも通りに褒めれば良いだけです。
学校で良かった点を聞くべき人は
我が子を褒めるのが苦手な人です。
学校で聞いたことをもとに
家に帰って褒めてあげたら良いのです。
では、褒めるのが上手な人は
個別面談で何を聞けば良いのか。
それは、学校で先生が感じた問題点と
改善に向けた課題点です。
そこにつきます。
私も先生をしていたからわかるのですが、
先生は10あることの数点しか親には伝えないものです。
しかもオブラートに包んで包んで伝えます。
なんでこんな回りくどいことをするのか。
みなさんが思っている以上に
モンスターピアレントの問題は深刻だからです。
先生に非があるときは仕方がないですが、
本当にごくまれにとんでもないクレームをつける人が
1名くらいいるもんなんです。
その1名を刺激すると何が起るか。
日常の業務に支障が出るほどの妨害がおきるのです。
学校へのメール。
同じクラスの保護者へ悪い情報を流される。
我が子への悪い情報を流し、
その情報が友達へ伝わることで
クラスの雰囲気すら壊れることもあるくらい。
だからこそ、先生は
無難なことしか言えなくなってきている
という現状があります。
だからこそ
我が子を褒めることが上手な人は
学校での問題点、課題点のみを聞きに行く姿勢でいること。
さらに個別面談では先生に先制パンチで
絶対に怒らないから問題点、課題点のみを
教えてほしいといった姿勢を伝えることです。
15分なんてあっという間です。
係活動で頑張った。
クラスで良く手を挙げている。
学習発表会で何々を発表できました。
なんてそんな話を聞いていたら
アッと言う間に10分以上経ってしまいます^^;
自分は個別面談に我が子を褒める材料を手に入れに行くのか。
問題点、課題点を手に入れるために行くのか。
予めしっかりと分けておくと
有意義な個別面談になると思いますので
参考にしてください!
もし、問題点・課題点を手に入れに行くのであれば
くれぐれも何を言われても受け入れてくださいね。
少しでもお役に立てたらと思います。
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バンコク学習塾・タイ語学校・英会話学校
代表 小川 一樹
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