子供たちが日本語を話せる。
このことの凄さを実感できるかどうか。
子育てにおいて大切な視点だと思います。
生まれた直後に森に捨てられ、オオカミに育てられた子が
四つ足で素早く走ることができ、
オオカミと同じように遠吠えをするような状態で発見された
ということは有名な実話です。
これは子供の可能性を示唆する大事な話だと思います。
我が子が勉強ができないと悩む保護者の方は多くいます。
でも、それは能力がないわけではなく、
単純にできない状態になる環境にいる。
保護者の方にとってはあまり良い話ではないかもしれませんが、
それは大方事実だと思います。
勉強ができるようになる環境にいなかっただけ。
勉強ができる子は勉強ができるようになる環境にいただけ。
もちろん、生まれつきの差は多少はありますが、
おおむね、このようなことになると思います。
例えば、毎日漢字を勉強しなければならない環境にいれば、
だいたいの子は漢字ができるようになります。
たとえ口うるさく言われようが、
漢字を勉強しなくても生活できる環境にいれば、
漢字を勉強しないから結果としてできないというシンプルな話です。
そういっても勉強しないから。。。
という声が聞こえてきそうですが、
口うるさく言うか言わないかは関係なく、
単純に漢字を勉強したか否かという事実だけが
大切なわけです。
口うるさく言われようが、
漢字を勉強しなくても、その場の嵐をやり過ごせば、
毎日普通に生活できる環境であれば、
漢字をやらないという原因から、
漢字ができないという結果が生まれるという
いたってシンプルな話です。
オオカミに育てられた子が、なぜ人間の言語を話せないのか。
それはそういう環境にいたからというだけです。
人間と一緒に過ごしていたら人間の言語は見についていたはずです。
言語はなぜ話せるようになったのか。
単純に繰り返し言語に接する環境があっただけ。
だから勉強もおおむね同じなんです。
繰り返すことができる。
その環境が子供の周囲にあるのか、ないのか。
それだけです。
ただ、やらせるには親の覚悟がいります。
子どもとの衝突をさけ、めんどくさがり、
結局、やらせなければ、やならいで済むという環境が生じ、
その結果、勉強ができなくなります。
勉強をできるようにさせたいのであれば、
その環境を作る。覚悟をもって作る。
それだけです。
子どもが勉強ができるようになる方法。
それは環境づくりと言っても過言ではないと思っています。