2018年10月15日月曜日

失敗を認める子育てのススメ



赤ちゃんを見ていたら、
本当に転びます。

歩きたいと強く思っているのかわかりませんが、
とにかく歩こうとして、
コロコロ転びます。

繰り返しているうちに、
どんどんバランス感覚は高まり、
転ばなくなります。

気がつけば、走れるようになっていて、
自分がコロコロ転んでいたころの記憶なんてものは消えていきます。

でも、実際にコロコロ転んでいたのは事実です。


人は、出力して入力する。入力して出力する。


卵が先か鶏が先かじゃありませんが、
出力、入力を繰り返しながら修正して成長していくものです。


それにもかかわらず、
出力したとき、それが不正解であると、
ことさら強く叱る親が出てきます。


例えばテストの点数です。
テストの点数が悪いと、
本当に強い言葉で叱り飛ばす親。


我が子に勉強ができるようになってほしい。
その強い思いはわかりますが、
出力と入力を繰り返して成長するプロセスからは邪魔な行為です。


こうやって強く叱られた子は、
出力をしようとしなくなります。

まずは学校で消極的になります。

間違って怒られるくらいなら、
発言しない方が安全だからです。

テストになると、先生はカンニング防止策を考えますが、
そもそもなんでカンニングしてしまうのか?

悪い点数を採って、
その先にまっている危険を回避したいからです。

その危険は様々です。

ある子にとっては、友達に笑われることかもしれません。

ある子にとっては、先生に怒られることかもしれません。

ある子にとっては、親に叱られることかもしれません。

で、私達親はコントロールできる部分については、
しっかり考えていく必要があります。


悪い結果のとき、叱り飛ばすという行為は、
次の出力を鈍らせることになります。


赤ちゃんの頃は、出力と入力の間に
調整が入って、どんどん正解を導き出すように成長できていました。


でも、この出力がしっかりできていないと、
学びが小さくなってしまうのです。


カンニングして正解していたとしても、
その出力は正確に自分の実力を表したものではありません。


だから、次の入力に刺激が与えられないのです。


だから成長しない。
そして、いつか化けの皮が剥げて叱られることになる。

そして、もっと巧妙に隠そうとする。

もしくは逃げる。

逃げる行為の一つは引きこもりであり、
非行であります。


ちょっと大げさには書いていますが、
こうやって子供の出力の邪魔をする行為を
親は極力しないことが大切
なんです。


間違えた結果は結果としてしっかり受け止め、
次の入力に修正を加えることを助けてあげる。


そんな対話がしっかりできる子育てが
よりよい子育て
だと思うのです。

ネットリテラシーを学べる絵本【二番目の悪者】


ネットリテラシーという言葉があります。
ネット上で得た情報を正しく理解して、
正しい情報、間違った情報を取捨選択し、
活用する事が出来る能力のことを言います。


ネット利用の低年齢化が進む中、
ネットリテラシーがしっかり教育されているかというと、
言葉だけ知っているようなレベルの子が多いです。


ネットでいじめが起こるのは、
ネットリテラシーが育っていない1つの証拠かもしれません。


大人だって
Twitterを見たら、
ネットリテラシーがない人たちの書き込みで溢れています。


そんなとき、
ネットリテラシーをわかりやすい物語で教えてくれる本があります。
二番目の悪者

Amazonリンクです。
超高評価です。
二番目の悪者


大人向けの絵本ですが、
フリガナがふってあるので高学年なら読めます。

中学年なら、
読み聞かせに適しているでしょうね。


内容ですが、
Amazonから抜粋。

金色のたてがみを持つ金ライオンは、一国の王になりたかった。
自分こそが王にふさわしいと思っていた。

ところが、街はずれに住む優しい銀のライオンが
「次の王様候補」と噂に聞く。

ある日、金のライオンはとんでもないことを始めた-―。

登場するのは動物ばかり。人間はひとりも出てきません。

けれど1ページ目はこの言葉から始まります。
「これが全て作り話だと言い切れるだろうか」


私は日頃から気を付けていることですが、
これを知らないで、
ネット情報を拡散している人は本当に多いと思います。


子供だけでなく、大人でも学びがある絵本です。
ぜひ読んでみてください。

2018年10月14日日曜日

子供の道徳心を育てるためには?



小学校の先生をしていたとき、
道徳に力を入れて指導していました。


教科書はつまらなかったので、
オリジナルの教材を作り、
映像も合わせて授業を作り上げていきました。


子どもたちが書いた感想からは、
自分がねらった意図を理解してくれていることが伝わってきて、
そのとき、授業が成功したという満足感を覚えていました。


でも、同時に、道徳の虚しさのようなものも感じていたんです。


子供たちは知識としてすでに答えを知っているんです。


例えば、思いやりが大切だなんてことは、
ずっと昔から知っていることです。


人に親切にしましょうってことだって知っていることです。


努力が大切ですよ。


そんなことも知っています。


それを教室の中で工夫して教えても、
果たして、どれだけ効果があったのかと疑問に思うこともありました。


そして、いつも考えていたことは、
道徳はもっともっと日常生活の中で学ぶべきことだということです。


道徳というのは一人では成り立ちません。

他人との関係の上で成り立ってくる科目です。


だから、他人との関わりがある日常生活の中で学んでいくべきことだって思うんです。


友達と遊びながら喧嘩をしてしまう。
そのときの言葉、表情、態度から五感を通して学ぶことこそ道徳です。


スポーツでも勉強でも、そのことを通して感じた学びが道徳です。


でも、子どもたちはどんどん忙しくなってきています。

そして、制限された生活の中で閉じ込められています。

危ないことを極端に避ける。
こうやって学びの環境が消えていきます。


私の子供が1年生のとき、
学校の担任から電話がかかってきたことがありました。


息子を学校で注意しましたと。
なんで注意したかというと、
友達と戦いごっこをしていたからだそうです。


戦いごっこは1年生の中で禁止されているそうです。

だから家庭でも注意してほしいとのこと。

学校で戦いごっこが禁止になって、
どこで戦いごっこをするんでしょうか?


戦いごっこをしたからといって、
大怪我につながることなんて、めったに無いです。


むしろ、そこから学ぶことの方が道徳的には多いのではないでしょうか?

ちょっと強めに叩いてしまった。

相手が泣いてしまった。

人を叩くときの加減を学ぶはずです。

泣かないようにルールを作るかもしれません。

謝り方を学ぶかもしれません。

戦いごっこ一つとっても
その中に道徳的な学びはたくさん隠れています。


それにもかかわらず、
学校がそれを奪ってしまうのは
とってももったいないです。


座って学ぶのが道徳ではありませんよね。

他人との関わりの中で学ぶのが本当の道徳です。

小さいお子様を育てているお母さんの中には、
どのような子育てをして良いかわからず、
とりあえず、小学校の低学年から学習系の習い事をさせる人もいます。

でも、本当に大切なことは、
友達と思いっきり遊ぶことです。

その中で学ぶことが本当の価値ある
人間性の芯となる道徳なんです。

そのことを知っておいてほしいなって思うのです。

未来の子供たちに必要な教育とは?



正確な数字は忘れましたが、
今の子どもたちが大人になったときに
仕事の半分以上はなくなっているそうです。


もちろん、原因は人工知能の発展です。

そんな驚くべき話ではなくて、
私たちが子供の頃に駅員さんがきっぷを切ってくれていましたよね?

その仕事が機械の発展で無くなったのと同じような流れです。


だから新しい仕事も生まれることでしょう。

ただ、今回の難しさは、
ある程度の知的労働すらも
人工知能で置き換わってしまうということ
です。


きっぷを切るレベルではなくて、
銀行の窓口業務すら無くなります。


そう考えていくと、子どもたちに必要な教育ってなんなんだろうか?


そんなことを考えてしまいます。


一つ言えることは、
エンタメは生き残るということです。


エンタメと言っても、
お笑いだけではなくて、
映画もスポーツも、エッセイも、学問もエンタメの一つです。


今私が使っているバックも自分はデザインに喜びを感じたから買いました。

喜びを与えているものはエンタメと言えるかもしれません。


ここに子どもたちの未来のヒントがあると思います。

感性。

ここを育てていくことが大切だって考えています。


机上の勉強が必要なくなるのではなくて、やり方です。


勉強を通して育つ自分を見つめる視点。

人生を考える視点。

教師の考え方と刺激しあって、
自分の価値観をはっきりさせていく視点。

親との会話の中で、
自分は何を考えていて、
何を好きで、何が嫌いなのかなどを知る視点。

そのような視点を育てることを大切にした教育、
子育てが大切になってくると思います。


ただ、プリントを大量にこなす教育に未来は無いでしょう。

ただ、PCの前に座って、
苦手な問題を出してくれる教育に未来は無いでしょう。

もっと人間と人間が語り合う、ぶつかり合う、
江戸時代の私塾のような教育が大切になってくるのかもしれません。


まずは、家庭の中で、
親子の会話を増やすことが先決です。


人生のごくごく一部であるテストの結果だったり、
教科の勉強のことばかり話すことで、
親子関係が悪化している家庭は多くあります。

でも、未来の子供たちに大切なことは、
自分の価値観を高めていくこと、
感性を豊かにすることです。

親子の会話から
子供が学ぶことは多くあります。


もっと価値観を揺さぶる会話ができる関係を築くことが
テストの結果を叱るより重要です

学校の勉強、テスト云々という些末なことから顔をあげて、
価値観の交流をしあえる親子関係を目指し、
大きな視点で子育てを見つめることが大切です。

2018年10月13日土曜日

力みが無い子育て


自分の子育ての仕方に対して、
「力み無いですね。」
と言われたことがありました。


改めて自分を客観的に眺めてみると、
確かにそうかもしれません。
B型でマイペースなのかもしれません^^;


と言いつつ、マイペースなだけではなくて、
昔の後悔が根っこにあるんです。



わが子が生まれてきたときは、
病室で妻に付き添っていました。


とっても小さいわが子を恐る恐る抱っこして、
ただただ健康でいてくれたら
って思っていました。



でも、子供が成長してくると変に期待が増えてきて、
要求が増えている自分に気づいた時期がありました。


その要求がゆえに厳しく叱ることもありました。
でも、その叱りによって、
劇的な変化が起きるかといったらそんな簡単なものじゃありません。


ただ、親も子も息苦しくなるだけ。


ふと、自分が父親にされて嫌だったことをしていた自分に気づきました。
とても罪悪感を覚えました。


それからというものの、
表現としてあっているかはわかりませんが、
確かに力を抜いています。


もちろん子供に期待はしているんですが、
子供の人生なんで、親の顔色を伺わず、
好きに生きてほしいので、
期待を前面に出そうってつもりはありません。


私が期待する、しないではなく、
自分が生きたいように生きたらいいんです。


相談したいときは大いに親を使えばいいです。
聞く耳があるときなら大いにアドバイスをします。


見放しているわけではなく、
良い距離感をもち続け、
お互い歳を重ねてもずっと話し合える関係でいられたならな
って考えてはいます。


力みが無い子育てと言われたことを
少しだけ分析したみると、
こんな感じです。


参考になれば嬉しいです。
ではでは。


YouTubeにもアップしてみました☆
https://youtu.be/CopI6DT4iHM

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