2017年10月24日火曜日

子どもの勉強嫌いは親がつくる / 後日談

前回、勉強嫌いは親が作るという記事を書きました。

参考記事⇒勉強嫌いは親が作る


子育てに関する書籍は、
たぶん他の親と比べても
圧倒的な量を読み込んでいます。

しかも、教師としての経験もあり、
子どもを指導することには自信もあります。


そんな自分でも、我が子のことになると、
冷静さを失い、
理論武装は解除され、
素の自分が出てしまうときがありました。


素の自分ということは、
本音の本音がまだまだ未熟だということです。


勉強を教えるとき、
どうして感情的になってしまうのか。


そこをもう一度見つめてみる必要がある。
そう考えました。


勉強ができるようになってほしい
という思いは当然あるのですが、
それ以外に余計な邪魔になる思考が隠れていました。


「他の子のように」

これは塾で同じ学年の子を見ているので、
無意識の中で比較していたようです。

比較することで、
勝手にイライラを生み、
そのイライラをぶつけていたようです。


「勉強の価値を高め過ぎ」

そもそも勉強は大切ではありますが、
勉強と親子関係を比べて
どちらを大切にしたいのか。


親子関係が良好の方が、
絶対に良いと思います。

人生は勉強以外にも
子どもの前には壁が現れるもの。


たかが勉強で親子関係に亀裂が生じ、
のちのち、もっと大事な相談を
してくれない関係になってしまうなんて、
本当にもったいないことです。


「たかが」というのは勉強を
馬鹿にしているわけではなく、
それ以上に親子関係の方が大事だということです。


勉強に対して肩の力が抜けたことが
子どもとの関係を良好にしました。


そして、前回の記事で反省したのち、
子どもがまた算数の問題で相談してくれました。


そのときは、
いたって普通の口調で優しく教えることができました。

子どもも「簡単なことだったんだ」
と理解できたことを喜んでいました。


教えてもわからないからと
イライラする必要はなく、
別の言い方にすればいいだけ。


それでもわからなければ、
やり方をほとんど教えてあげるのも手です。


子どもが初めて自転車に乗る時、
親が後ろで持って押してあげるようなもの。


そのうち後ろから押さなくても
自分で走れる日が来ることでしょう。


それをいきなり強い口調で
どうして乗れないんだ!
なんてやったら、
自転車に乗ることが嫌いになってしまいます。


勉強嫌いにしないための子育ての
一つのヒントになればと思い、
書いてみました。


2017年10月22日日曜日

勉強嫌いの子は親が作る



教師をしているから、
子供の育て方は、
さぞかし良いと思われることがあります。


しかし、言い訳がましいのですが、
仕事で帰りが遅いと、
なかなか勉強を教える時間もなく、
自分で頑張ってもらうしかない状況です。


そして、時々教える時間があると、
教え子と我が子では、
こちらの接し方も変わってしまうことがあり、
とても反省することばかりです。


日頃教えてあげられていない
限られた時間だから、
こちらの期待も高まってしまうところがあります。


優しく教えてあげていても、
思うように理解してもらえないと、
イライラする気持ちが沸いてきます。


教え子がわからなくても
イライラしてこないのですが、
我が子になると、どうしても感情が入ってしまい、
叱り口調になってしまうことも・・・


涙を浮かべて勉強をさせてしまう
なんてことも時々あり、
その時は心から反省し、
罪悪感に襲われます。


心の中で
「どうしてこんな問題もわからないんだ?!」
「学校で何聞いて帰ってきたんだ?」
と言った文句が暴れ回り、
口から出てしまいそうなのを我慢していると、
つい口調に出てしまう。


強い口調で教えてしまったときは、
反省してもしきれません。


そんな教え方をして、
子どもはどんな気持ちになるのか。


勉強が嫌いになるに決まっています。


勉強がわからないから、
自分は責められている。
親はイライラしている。


この気持ちの悪い雰囲気の元凶は、
勉強なんです。

勉強は自分の敵。

できるなら勉強から避けたい。

そんな気持ちが生まれてくるんだと思います。


勉強嫌いは親が作る。
勉強嫌いは私が作る。


自戒の念も込めて、
これを忘れずに心に留めておきたいと思います。


2017年10月19日木曜日

子どもの悪いテスト結果の対応方法「叱らない」


テストの結果が悪いとき、
子どものことを叱らない方が良い。
という話をします。


子どもたちと接していると、
親にテストを見せていない
という子が一定数います。


私からしたら、
テストを親に見せないなんて選択肢があること事態が
問題があると感じます。


私の子どもが一定期間テストを見せなければ、
まず私が気づきますし、
子どもも見せないことを選んだら
後でどうなるかということを考えることができます。


1年間テストを見せないでいられる状態が、
成り立ってしまう親子の関係には
別の問題がありますが、
今回は話がそれるので書きません。


まず、悪いテストの結果を見て叱る親の
叱る目的は何か。

勉強ができるようになってほしい。


これが主な目的だと思います。


「主な」と書いたのは、
少しくらい自分の感情がコントロールできなくて、
ストレスを叱ることで解消している側面が
あるのではないか?ということです。


いずれにせよ、
できるようになってほしいという思いであれ、
感情のコントロールができない場合であれ、
テストの結果を見て叱るという行為は、
子どもにとってはマイナスに働きます。


叱られているとき、
子どもの頭の中はどうなっているか。


ほぼ思考停止のことが多いです。
例え考えていたとしても
叱られているときには深くは
考えることができません。


早く終わらないかなレベルです^_^;


子どもたちは叱られることで、
自己肯定感を低下させます。


自分は駄目だと思い込み始めるのです。
ここでなにくそ!と思ってくれたらいいのですが、
子どもは方法論が分からず、
ただ、目の前の嫌なことから逃げようとします。
自分を守るために。


すると、安易な道として
テストを親に見せないという方法を選び始めます。


さらに、テストを見せないことが不可能であれば、
カンニングという簡単な道を選ぼうとしあます。


このように子どもの悪いテストに対して
感情的に叱るという行為は、
子どもの勉強にとって、人格形成にとって
マイナスに働くことが多いのです。


テストの結果はもう変えることができません。
叱るのではなく、
次のテストに向けて一緒に作戦を考えてあげる。


テストの前にわからないでいるところを
ちょっと助けてあげる。

そんなところが大切になってきます。


子どものテストの結果について
叱らないという話をしました。

2017年10月9日月曜日

子どもの英語教育、特に英検教育について

子どもの英語教育に熱をあげている親
多くいるのが、
英語教育関連の事業の多さからわかります。


私が経営するTJブリッジという塾でも
英会話学校があります。

ただし、ここで身に着けてもらいたいことは、
あくまで英会話です。
英検の学習などではありません。


私が心配しているのは、
塾に通うある子が、
英検学習用の塾に通っていて、
その課題が多く、
英語の勉強が嫌いだといっていたことです。

英語は勉強ではなく、
あくまで使うツールです。


それにも関わらず、
算数などの教科として、
英語をとらえてしまい、
中学になる以前から
英語嫌いになってしまっているんです。


使えない英語は勉強しても
本当にもったいないです。


英語の文法など
英検用の勉強に大量の時間を費やしても、
英語は所詮ツールです。

どんなにコップを立派にしても、
中身に何もなければ、
コップの意味はありません。

中身を育てることが
英検の級を急いでとるより大事になってきます。


英検2級を目指しています!
なんて子が、
該当学年の国語の成績が平均か
平均以下なんてことは
本末転倒なことです。


思考は言語を使って行われますし、
文化は言語で伝わっています。


第一言語を使いこなせていない状態では、
思考も中途半端になってしまいます。


英語というツールをあまり過大評価し過ぎず、
将来に何が大切かを見越して
子どもに習い事をさせることが大切です。


英語嫌いを生む過度な英検教育ではなく、
習うなら週1程度で
宿題などが無い英会話学校が良いでしょう。


目的は、英語での会話を親しみ、
英語での会話の抵抗感をなくすことです。


ついでに下の動画を見てください。
2017年現在でも
翻訳機のレベルはここまで来ています。


単純に英語というツールを
持っているだけでは、
価値として弱くなっていくことは
想像できるかと思います。


関連記事
子どもの英検学習/親の意識を変えること

2017年9月17日日曜日

子供は親の言葉で自分はどんな人間かを決める


子供にとって、
親の言葉は絶対的な影響力をもっています。


そのことをわかっている
と思うようなことですが、
結構わかっていない人も多くいます。


例えば、兄弟喧嘩をしている場面で、
「お前は思いやりがない!」
と声をかけたとします。


兄弟仲良くしてほしい
という思いのもとで発している言葉でも、
子供は違った受け止め方をすることがあるんです。


「俺は思いやりがない人間だ。」

思いやりをもってほしいのに
思いやりがない人間だと
自分を思い込む方向に力が働いてしまうのです。


親はそんな思いをもっていなくても、
子供にはそのように伝わる。


そして、大人になったときも、
心のどこかに
「自分は思いやりのない人間」
なのではないだろうか?
という、ちょっとした自分を
愛せない方向に力が働いてしまうのです。


「そんなことしたら、弟が悲しむだろ」
で良かったわけです。
「自分が言われたらどう思う?」

そこを考えるきっかけとなる言葉を
投げかけてあげれば
それで良かったのです。


にも関わらず、
「お前は思いやりがないダメな人間だ」
といった間違ったメッセージが
子供の心に深く根付いてしまうのです。


たった一言を例にあげましたが、
このような言葉は、
一日を通して、無意識に何回も
子供に浴びせかけられている
なんてこともあるんです。


だからこそ、
親として、自分の言葉は、
子供にどんなメッセージを与えているのか。
自分はどんなメッセージを
本当は与えたいのか。


そこを考えながら
言葉をかけてあげる必要があるのです。


はじめはまどろっこしいかもしれません。
でも、徐々に慣れてくるものなので、
はじめは意識して言葉を選んでほしいと思います。


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