2017年5月25日木曜日

子育てで「どうして集中力がないの?」と考えてはいけない理由

子どもにはこうなって欲しいという思いは
どの親もあるはず。


しかし、こうなって欲しいと思うより、
「どうしてこうなんだ。」
ととらえている人が多く、
子育てをする上で、このとらえ方は弊害があるのです。


どうしてこうなんだ。


例え話をするなら、
「どうしてうちの子は集中力がないのか。」
と考えるとします。


すると、自然と親の目線は
子どもの「集中力がない」という部分を
見つめがちになってしまいます。


我が子が集中力がない事例をたくさん集め、
自分の判断を証明することに力を注ぐようになるわけです。


そんな集中力がない事例なんて
簡単に集めることができるでしょう。


すると、やはり我が子は集中力がないんだという
確信に変わり、
気が付かないうちに親としての言動が
我が子は集中力が無いというものとなります。


子どもはとっても敏感で、
この親の言動から自分は集中力がない人間なんだ
と強く思い込むようになり、
結果として、ますます集中力がない人間になっていく。


そんな負のスパイラルができあがってしまいます。


だから、考え方をちょっと変えて、
我が子を集中力のより高い子にするために
必要なことは何だろう?
という前向きな問いで考えるべきです。


そうすると、集中力が無い事例を集めて、
落胆するという意味の無いことではなく、
集中力を高めるための事例を集めることになります。


その事例を集めて
実際に計画を練って実行することが
子育てを建設的なものにするために
必要なことなんです。


子育てで大切なことは、
負の部分に集中せず、
正の部分に集中すること。


子育てをする上で参考になれば幸いです。


2017年5月15日月曜日

会話が超少ない親子関係を打破する


たくさんの子育てをする親子を見てきました。

かなり悪い方向に進んでいなと感じるのが、
会話が一方通行の親子です。

一方通行ならまだ良い方で
会話がほとんどない状態の親子もいます。
親子の会話が少ない


幼少期の子どもは
本当に良く話します。


なぜ?どうして?


親子の会話は双方向でした。
むしろ、子どもの方が多いくらい。


それがどうして一方通行になってしまうか。


その原因の1つは、
親の感情的な対応です。


子どもから何か言葉が発せられたとき、
自分の意図に沿っていなければ、
感情的にさえぎってしまうという行為です。


そんなことを無自覚でしている人は
とっても多いものです。


例えば、
「今日学校でA君が先生から怒られていたんだよ。」

なんてたわいもない会話ですが、
そこで
「どうしたの?」
とさらに子どもが話す機会を与えればよいのに、
「それはA君が悪かったんでしょ。」
と勝手にジャッジして、
会話を終わらせてしまう。



子どもからしてみたら、
何も状況がわかってもいないのに、
裁判官のようにジャッジする大人を見て、
信頼できるでしょうか?


いつか自分も理由も聞かれず
思い込みでジャッジされる恐怖を
1mmでも感じてしまうのです。


子どもの信頼をなくす行為を
積み重ねていけばいくほど、
子どもは親に何も話さなくなる。


最後の最後は、
学校で何があったの?
と聞いても
「別に」
としか答えてくれなくなるのです。


だからこそ、
親が子育てで注意しなければならないことは
自分の意図から外れていても、
すぐにジャッジしないということ


子どもの会話を
親の意図ではなく、子どもの意図を大切にして
しっかり聞いてあげる。


そんなことを積み重ねていけば、
子どもが成長してきても、
しっかりと対話できる関係になります。


子育ての参考になれば幸いです。

2017年4月7日金曜日

ドラえもんとのび太の関係に親と子の関係を重ねてみる/ダメな子にならないために

ドラえもんがのび太をダメにする

ドラえもんに登場するダメな子の象徴として
のび太がいます。

何をもってダメと定義するかは
難しいところですが、
肩の力を抜いて、「ダメな子の象徴」とします。


のび太がダメだから、
未来からドラえもんが来たという設定だったと思います。


が、私のとらえ方は違っていて、
「ドラえもんがいるからのび太はダメになった。」
というものです。


何か困ったことがあると、
「ドラえも~ん」
とのび太はすぐに泣きつきます。


どうして泣きつくのかと言えば、
愚痴を言いながらも
ドラえもんが最終的に
「仕方が無いなぁ」と言って
助けてくれることがわかっているからです。


これって子育てに
とっても強いメッセージをくれています。


子どもは親に依存しなければ
生きることができない存在です。


でも、その依存のレベルにはいろいろあって、
親としては、「ここまではOK」という線を
もっておく必要があります。


我が子に好かれたいがあまり、
全ての悩み事の芽を摘んでしまっていては、
子どもはのび太のように
いつまで経っても自立することができません。


私たちは大きくなっていく子どもたちを
一生支えていける体力はありません。

もちろん、年齢的にも普通は先に死にます。


子供たちは自分の家庭をもち、
自立して自分の家族を支えていく力を
もつ必要があります。


それが最終的な目標であるにも関わらず、
自分が世話を焼きたいという理由から
子どもを甘やかしてしまっては
大人になったときに子どもが困ります。


真の自立を目指すなら、
親はある程度は子どもに自由にさせて
自由に失敗させる必要もあります。


愛しているからこそ、
厳しく見放すことも大切。


甘やかしてすべて助けるだけが
愛情ではありません。


ドラえもんののび太に対する接し方は、
子育てに関しては、
反面教師になります。


漫画だからいいんですが、
実際にあれだけ助けていては、
もう自分で問題を解決する力は無くなってしまいますね。


のび太や子どもたちをダメにするか
自立へと導くかは、
ドラえもんや私たち大人にかかっていますね。

2017年4月5日水曜日

共働きしながら子育てする方へ

共働きの子育て

共働きの家庭が増えています。


今の日本の社会では
普通のことになってきています。


教育問題として、
イライラをつのらせて
学校や家庭で暴れてしまう子も
増えてきていると言われています。


この共働きとイライラをつのらせる子どもには
密接な関係があるのです。


子どもが学校で生活をしていれば、
思うようにいかない、
理不尽なことも多々あります。


イライラして家に帰ることも
あることでしょう。


そんなときに、
共働きの家庭では、
話を聞いてあげる時間そのものが
短くなることがあります。


別に、そのこと自体は
問題は少ないのですが、
次のようなときに問題が
起こりやすいのです。


それは、仕事場で親も
イライラしているときや、
忙しすぎて心に余裕がないとき
です。


そのようなとき、
家に帰って子どもの話を
余裕をもって受け止めてあげることができないのです。


さらに悪いことに、
親が子どもの将来を本気で考えていて、
ついつい小言が増えてしまう
ことです。


子どもと過ごす短い時間に
どうしても伝えたいことが出てきます。

子どものテストを見て、
宿題を見て、
物申したい気持ちが出てくることもあります。


そんなとき、子どもの言いたいことを
聞いてあげる前に、
小言が多くなってしまいます。

子どもを愛するからこその行動ですが、
子どもにとっては、
その愛を理解できないことがあります。


また、時間がないので、
何か学校で起こったことを聞いても、
早急に解決してあげようと
結論を急いで意見を伝えることもあります。


すると、ただ聞いてもらいたかった子どもは、
何かジャッジをされ、
自分が批判されるような気がして、
徐々に親に何も言わなくなってきます。


子どもの心の中にある
イライラは消えず、残り続けます。


そのイライラを
学校で、家庭で、
先生や親、友達にぶつけてしまうのです。


今を生きる私達は
共働きも避けることは難しいでしょう。


また、共働きは決して悪いことではありません。


共働きであっても、
短い時間にしっかり子どもの話を聞いてあげることは
できるはずです。


共働きと子育てを成立させている家庭は
たくさんあります。


成立している家庭では、
子どもの中に溜まっている
イライラを放出させてあげる
ということができています。


親にはその度量が求められるのです。


共働きだと
本当に疲れることがたくさんあると思います。


子どもの健やかな心の成長のために、
子どもの話を大らかに聞いてあげる

ということを少し意識するだけで、
子どもの心は穏やかになっていきます。

参考になれば幸いです。

2017年4月3日月曜日

子どもの判断力を鍛えるために

頭が良いというのは
どういうことか。


その1つに判断力があります。
判断力


選択肢があるときに
どちらがより良い答えなのかを
判断する力です。


その判断力を育てるためには、
子どもが判断する場面を多く経験する方が良いものです。


しかし、子どもたちの周りには
その判断を奪う場面が多くあります。


学校では、教師の言うことをしっかり聞く子が
正しい行動だと教えられます。


自分で判断する場面は思った以上に少ないものです。


「前に習え。」
という号令の元、何も考えないで整列し
下校時にちょっとでもはみ出せば叱られます。
周りに誰もいなくても。


廊下は走るなで徹底。
明らかに誰もいなく、ダッシュではなくて、
軽いジョグの様にしても、
その場面が見つかれば叱られます。


学校では判断力を身に付けるより、
自分で判断せずに、ルールに従うことを学びます。


もちろん、意識的に
子どもに判断力を付けるように指導している先生も
多くいます。


が、集団を管理するというシステム上、
どうしても個人に判断を任せる場面は
少なくなってしまうおのです。


しっかり判断力をつけるためには、
家庭での教育が不可欠になります。


が、ここで気を付けたいのが、
子どものことを面倒見過ぎる
過保護な親です。


何事も先回りして、
教えてあげたくなる教育熱心な親は、
子どもが判断する前に教えたくなるものです。


「〇〇しなさい。」
という言葉が口癖になってしまっていたら、
子どもの判断力は鍛えることができません。


子どもの人生において、
立ち直れないほど大きな失敗とならないのであれば、
ある程度は子どもに任せてあげることが
判断力を高めるためには大切なことです。


過保護になり過ぎていないか?
自己点検をすることが、
子どもの判断力を鍛えることにつながります。


ぜひ、「子どもの判断力」という観点で、
自分の行動を点検してみてください。

2017年3月30日木曜日

親の意見を聞かなくなる子どもの原因


小学生のころの教育はとっても大切です。


中学になって、親の言うことを聞かないという
相談を受けることもあります。


実は多くの問題は、小学校時代からあって、
でも目に見えるほど濃くなかっただけなことが多いんです。

中学になって、
ちょっと反抗的になってくるときに
始めて目に見えるほど濃くなってくるんですが
その濃いときには
ちょっと取り返しがつかないことも多いんです。


親の言うことを聞かないことには
色々原因がありますが
ざっくり2つだけ書きますね。


1つめは親の言うことに意味を感じていない。


小学生より論理的な思考ができるようになる中学生。
親に対して偉そうな発言をし始めるものです。

一応、中学生なりにしっかり考えていますので、
親の言うことに、しっかり筋が通っていないと、
反抗するものです。


ただし、ここで大切なのは、
親は心の中では筋は通っているんですが、
それは自分の中のことであって、
子どもの中で筋を通してあげる必要があるんです。


2つ目は、親の言うことを聞かなくても
問題が無かったという経験

例えば、ゲームは30分と決めたとします。

で、子どもが40分したとします。


その時の対応が、その後の子どもの行動を決めます。


注意して、ストップします。
が、10分オーバーしても
これくらいの注意で済むのか
という経験値を溜めることになります。


だったら、はじめから40分というルールに
しておけばよかったのです。


40分と決めても、きっと10分オーバーするでしょう。。。


もし、ルールを決めるなら、
破ってしまったときのことも
合わせて決めておかなければ
親とのルールは
破っても問題ないものになってしまいます。


10分オーバーしたら、
次の日は20分になる。

そう決めるだけで、
親と一緒に決めたルールは
守らなければという意識が強くなります。


ただし、こっちで一方的に決めてはいけません。
ただ、ルールに従うだけの生き方を
教えてしまうことになりますので。


ブログなんで、
長くは書けませんが、
とりあえず、親の言うことを聞かなくならないために
2つの原因を書いておきました。


参考になれば幸いです。

自分より子供が大切な親の裏の目的


子どもよりも自分が大切な親。

前に書いたことに
正反対のことを書きます。


が、実は正反対ではないんです。
良く読んでもらえたらわかります。


自分より子どもが大切な親。


とても素晴らしいことです。


自分のこと、夫婦のことなど
全てそっちのけで、
子育てに全力。

子どもの習い事。
子どもの学校。
子どもの、子どもの、子どもの。


と、すべてが子ども中心で周っているかのような
生活をしている親もいます。


素晴らしいように見えても、
実はこの裏に隠れた真意によって、
素晴らしくもなり、
自分のことしか考えていないことにもなる。


子育てに献身的な自分を認めてもらいたい。


自分が昇華できなかったトラウマを
子どもを使って昇華させたい。


子どもに全力になることで、
自分が必要とされている感を味わいたい。
愛されていることを味わいたい。


そのようなときは、
結局、子どもが中心なようで、
自分が中心なんです。


子どもはけなげです。


親の期待に応えよう応えようと
一生懸命に努力します。


褒められる行動か、認められる行動なのか、
親の顔色ばかりを気にします。


親から認めてもらいたいという
強い思いをもちながら育つことになります。


結局、その子どもも親になって、
同じように「認めてもらいたい」という気持ちが
強くなりすぎてしまうことがあります。



大人になってもその呪縛から
逃れられず、苦しんでいる人もいます。


だからこそ、
子どもより自分が大切かの様な
行動をしていたとき、
必ず自分の心の奥底を見つめてみてください。


何か「子どものため」以外の隠れた意図
潜んでいるかもしれませんよ。



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