2018年11月14日水曜日
中学受験は良薬にも毒にもなる
中学受験をすることは良いことでも悪いことでもありません。
人によって違いますよね。
でも、中学受験が毒になることがあります。
気を付けておいてほしいことを書きますね。
中学受験をするとき、
目的があったはずです。
この学校のこの特色が良い。
このカリキュラムに魅力がある。
校舎が綺麗で環境が最高。
などなど、その学校を受験したいという目的があったはずです。
そのさらに奥には、子供に幸せになってほしい
という大きな目的があったはずです。
しかし、中学受験というハードルは
思った以上に高く、
気が付けばその中学受験をすること自体が
目的に変わってしまっていることがあります。
そのことに親が気づかず、
どんどん狂気的な子育ての道へと踏み出してしまう
ということがあるのです。
するとどうなるか。
四六時中子供を叱りつけることになる家庭があります。
過度な負担を強いる塾に入れ、
土日も休まず勉強させる家庭もあります。
一時期、大学受験のときに話題になりましたが、
子供の恋愛を禁止する家庭すら出てくる始末です。
そうなると、もう受験の目的なんてどうでもいいんです。
合格することだけが目的になってきます。
しかし、厳しい現実があります。
合格者数は決まっているという事実です。
必ず不合格になる子が出てくるという事実です。
それだけ追い込んで追い込んで
不合格になったらどうでしょう。
すさまじいコンプレックスを植え付けることになります。
滑り止めの学校に行こうものなら、
果たしてやる気が高まるでしょうか?
中学受験というのは、
まだ精神的に幼い子に過度な強制力が加わってしまうとき、
危険な修羅の道へと変わり始めてしまいます。
そこだけは親として注意しておかないといけません。
中学受験は良薬にも毒にもなる。
2018年8月22日水曜日
公立校が良いのか、私立校が良いのか
このことを相談されることがあります。
このブログで簡単に要点だけを書きますね。
公立校の良さ
公立校は、生徒が選別されていないからこそ
多用な人材に出会う可能性があります。
社会の縮図として、
より実践に近い人間性が鍛えられます。
学力競争が激しくないので、
じっくりと基礎を学ぶ場として適しています。
公立の悪さ
生徒が選別されていないので
悪い子もいます。
朱に交われば赤くなる
という言葉通りのことが起きる可能性があります。
勉強に対する意識は学校間の競争原理の無さから
自然と緩くなりがちです。
私立の良さ
生徒が選別されているので
水準の高い集団が保たれます。
ただし、高い偏差値の学校の話です。
私立ならではの学校の特色があるので、
保護者の教育観を合う教育を得られます。
競争原理が働くので、受験に力を入れています。
私立の悪さ
生徒が選別されているので
多用な人材との出会いの機会が減ります。
手厚く支えられるので
人間としての逞しさが育ちにくい可能性があります。
学力に対して競争原理が強く働いているので、
息苦しさ、ストレスを抱える子もいます。
学力選別されたことで、
受験前まで学力的に優位だった子が
入学後に劣等感で心が折れる可能性があります。
さっと考えてたいして推敲もせずに書きましたが、
このような情報をもっと詳しくお伝えし、
話し合える場を作りたいと考えています。
くわしくは、
2018年1月8日月曜日
受験のために男子校、女子校に行かせること
テレビを見ていると、
受験には恋愛が邪魔だから男子校、女子校に行かせる
なんて考えをもつ親がいるとのこと。
「受験に集中するために、
異性に対する興味を減らすこと」
異性に興味をもつ年頃に、
身近に異性がいると勉強に手が付かなくなることの予防として
考えているようです。
異性に興味をもち、
万が一にでも付き合ってしまった場合に
勉強よりデート、恋人との時間を
大切にしてしまうのではないかという過度な心配・・・
結果として、
異性のいない男子校、女子校に行かせる
という選択をしているのです。
子供の人生を自分のものだとでも思っているんでしょうか。
人間にとって異性と付き合うことは
受験と比べてムダであり、
切り捨てなければいけないことなのでしょうか。
受験だけが人生ではありません。
思春期を迎えて子どもたちが異性に興味をもつことは
自然の摂理です。
そこを親が強制的な環境をつくってしまうことで、
異性への興味が抑圧されることになります。
消えたわけではありません。抑圧です。
結果として、共学になったときに、
抑圧されていた異性への興味が
増大して発揮される可能性があります。
または、異性への興味が抑圧されたことで、
異性への興味自体が無くなってしまう
ということもあり得ます。
2次元でないと愛せないアニオタがいます。
その人たちは悪いわけではありませんが、
あえて、そのような道に導く必要もありません。
高学歴=幸せ
そのために受験をする。
受験に邪魔だから自然の摂理を曲げてしまう。
これは親のエゴです。
何か社会の歪みを感じてしまいます。
人生は受験が全てではなく、
受験なんてものは単なる一つのドアです。
入口に過ぎません。
にも関わらず、受験が終わったあと
数十年と続く人生の中で、
異性に対して抑圧された思考は
生物的にはハンディキャップになることがあります。
が、
男子校、女子校出身でも、
そんなことをもろともせず、
普通に異性との交流ができる人もいます。
それは、親の意図した異性を遠ざけるため
という枠を勝手に飛び出せた生きる力が強かった特別な子です。
男子校の中でも、
異性との交流は可能です。
また、
異性の情報から遠ざけたつもりが、
かえって親の枠から飛び出したい人が集まり
グループを形成して、
異性に対する情報を集めたりすることもあります。
そうやって、
遠ざけたつもりが
ダメダメ言われたものほど興味がわく
という心理が働いて、
異性に対する興味が共学の子以上に強くなることも
大いにあり得るのです。
学校の特色に共感して、
男子校、女子校を選ぶことには多いに賛成です。
しかし、受験のために異性が邪魔になるからという理由で
男子校、女子校に行かせることには賛成できません。
みなさんはいかがでしょうか?
2017年2月14日火曜日
東大生が変わり者?学力偏重、受験勉強の弊害とは。
テレビで東大生が出演して
変わりもの扱いされている番組があります。
必死に勉強して東大に入った人たち
全員がそうであるわけはなく、
極々一部の人を見て、
東大は変わり者が多いと判断するのは
安易すぎるもの。
が、そのようにとらえられてしまう人物が
一流大学ほど多くいる
というのも事実としてあるようです。
私は塾や公立小学校で教師をしてきました。
勉強を教えることが仕事でもあります。
受験勉強でストレスをため込んで
友達に冷たくあたる子を多くみてきました。
教育する上で忘れたくなかったことが
勉強「も」できる人を育てるという意識です。
勉強はあくまで人間の能力を測る
ごくわずかな部分でしかないのです。
しかし、世の中を見渡してみると
学力というものの価値がずいぶんと高くなりすぎている。
そんな学力バブルという感があります。
子どもを育てる際の基準がわからなくなり、
手っ取り早くわかりやすい学力という物差しを
多くの親が手にしているように感じます。
学力が高まることは素晴らしいことですが、
学力というものが
単なる受験テクニックとなってしまっていたら
危険なことです。
難関受験を目指している子どもたちは
本当に多くの時間を勉強に費やします。
趣味の時間、遊びの時間、家族と過ごす時間を
費やしてまで難関校合格を目指します。
しかし、難関校に何のために行くのか?
ということが希薄なことが多いのです。
就職が有利。
そんな簡単な話だけで選んでよいのでしょうか。
確かに就職が有利かもしれませんが、
そのためだけに
あらゆる犠牲を払う価値があるのか?
ということを問う必要があります。
人間の幸せとは
良い企業に就職するだけではないはずです。
自分の才能を生かして
そのことでお金持ちになれなくても
人並みに生活できることを
幸せと感じる人がいてもいいはずです。
お笑い芸人を目指して
苦労をしている人が幸せではないか
といえばそうではないはずです。
人は自分の好きなことや
才能を磨いて開花させることも
経済的な側面以上に幸せを感じるものなんです。
勉強に才能がある子もいます。
専門家を目指す人は大いに勉強すればよいです。
でも、そうでない子も多くいます。
にも関わらず、
親が人間の価値観を学力に偏ってもっていると
子どもの才能を見つめることなく
難関校受験のための塾に通わせてしまうことがあります。
従順な子ほど何も言わずに親の意向に従います。
が、元来従順ではない場合は
ストレスを内側にためて、
発散先を探すことになります。
それが友達であれ。
自分が何が好きか?
そんなこともわからず大人になる子は多くいます。
自分が好きなことを見つめる時間すらなく
忙しく受験勉強に費やして生活してきたためです。
極一部のテレビ番組で出る
学力は高いけど社会適応力に欠けてしまうような子は
もともとそのような子だったのではなく、
人と接する機会を無くすほど
勉強ばかりに時間を費やしてきてしまった可能性も
否定はできないと思います。
勉強で手に入れる知識、受験テクニックは
あくまで1つのツールでしかありません。
そのツールを使う人間を育てないと
ツールは無意味なものになるばかりか
下手をすると他人を傷つける道具にもなってしまうのです。
高学歴の政治家が不祥事を働くなんてことは
頻繁に耳にします。
もちろん、多くの犯罪は
学力が無い人たちが起こすということも事実です。
なので勉強が必要か必要ではないか
の二元論ではなく、
勉強は適度に必要だというくらいに
肩の力を抜いた方が良いと思います。
ダイナマイトを作った人は頭が良いです。
しかし、違う頭の良さをもった人が
それを戦争用に改良するわけです。
原子力もそうです。
受験勉強も大切です。
しかし、その前に人間が育っているか。
子の心を育てるために
親は何を行っているか。
その部分をしっかり見つめることが大切です。
その部分から目を逸らし、
受験塾に丸投げで良いのでしょうか。
我が子をしっかり見つめることは
その子の才能を見つめることにもつながり、
高学歴以外の生き方も考えるきっかけになるはずです。
東大生が変わり者が多いというテレビ番組は
行き過ぎてはいますが、
大切なことも教えてくれます。
動物と人間の違いは
ただたんに子を産むのではなく
産んだ後に
人間性を高める「教育」にあるはずです。
親として我が子が大人になるために
何を大切にして教育するべきなのかを
しっかり考えることが大切です。
2016年11月22日火曜日
中学受験「苦労させないための付属校で緩む人間性」
中学受験の是非が問われることがありますね。
私は中学受験には賛成派ではなく、
むしろ反対派です。
ただ闇雲に反対というわけではなく、
特に強い目的があるわけでもないのに
中学受験をすることに反対なわけです。
中学は公立だってかまわないと思います。
世の中には多様な人がいるし、
男子校、女子校と分けて思春期を育ってしまうと
ちょっと異性とのコミュニケーションに難ある大人に
なってしまう。
もしくは、たがが外れたように
共学になった途端に遊びまくるという
溜まった性エネルギー爆発状態になることもあります。
もちろん、同性愛に走るケースも稀にあるようです。
共学であれば問題がないのか?といった話ではなく、
男女別々の学校に入学すると
そのような危険性もありますよというレベルの話です。
また、ギリギリ背伸びして合格した中学。
その学校にはギリギリで入った人ばかりではなく、
余裕をもって合格した子、
実力相当に入った子、
滑り止めで入った子がいるものです。
すると、ギリギリ背伸びをして入学した子が
いっきに劣等生になる可能性があるのです。
よっぽどその学校に特色があり、
そこでやりたいことがあるなら
心折れることなく努力を続けていけることでしょう。
でも、周囲が中学受験をしているから、
もしくは塾が中学受験塾だから
といった受け身の姿勢で私学に入学すると、
ギリギリで合格した子は落ちこぼれることになります。
自信を無くす数年は
人格に与える影響は大きいです。
中学受験は強い目的意識がある子にとっては
お奨めすることができます。
そこまで意識もない子にとってはリスクがあるものなんです。
また、付属だからというレベルの理由で
安易に受験した結果、
厳しい現実が待っていることでしょう。
私は高校から付属で来る子がいる大学に行きました。
正直、付属で来た子たちは
何を勉強してきたのか?!
と思うくらい学力レベルが低い状態でした。
付属で内部進学があるという気の緩みが
人間の緩みとなっているんです。
何のための付属だったのか?
子どもに苦労をさせたくないからという理由なら
苦労が無いから緩みきった子が育つことが
そんなに良いことなんでしょうか。
むしろ、苦労があるからこそ、
キリッとした表情で
高校受験や大学受験に向けて
自己管理をしながら頑張れる子の方が
人間として魅力的なのではないでしょうか?
受験について考えたことを書きました。
何かの参考になれば幸いです。
2016年11月8日火曜日
人生を短距離の様に猛ダッシュする子どもたち。長距離です。
TBSのオールスター感謝祭。
赤坂マラソン。
そこに安田大サーカスの
団長が出場しています。
走り始めた途端、猛ダッシュ。
しばらく1位を独走しますが、
途中で失速して
あとはほぼ歩くようなスピードで
苦しみの顔で走り続けます。
この姿を見ていると
今の子供たちを重ねざるを得ません。
スポンサー
小学校の頃から
進学塾で競争、競争。
土日も塾。
夜中まで塾。
そうやって猛ダッシュをして走り続けます。
何のために走っているのかも知らず。
そして、1位を目指して難関大学にゴールします。
そこがゴールだと思っていた子は
完全に走るのをストップします。
そして、惰性の様に大学生活を送ることになります。
高い学費を払いつつ。
猛ダッシュし続けたつけがきます。
もう走る気力はありません。
走る意義もありません。
歩いていますが、
もうすぐ事実に気づきます。
大学を卒業したとき、
実はそこがスタートラインだったということに。
果たしてこれから走り続けることができるのか。
そもそも、このマラソン大会で良かったのだろうか?
自分は本当は違う大会で走りたかったのかもしれない。
が、大学4年を迎えるころには
そんなことなど考えている余地はない。
また、今まで投資してきた時間、得た学歴がある。
これを捨ててまで
違うことをする勇気をもてる人は少ない。
だから、その道で見える範囲でしか
未来を考えることができない。
今の子どもたちの中には
この様な生き方をしている子が多くいるものです。
もう一度、今のダッシュは幸せに続くのかを
考えてみる必要があると思います。
赤坂マラソン。
そこに安田大サーカスの
団長が出場しています。
走り始めた途端、猛ダッシュ。
しばらく1位を独走しますが、
途中で失速して
あとはほぼ歩くようなスピードで
苦しみの顔で走り続けます。
この姿を見ていると
今の子供たちを重ねざるを得ません。
スポンサー
小学校の頃から
進学塾で競争、競争。
土日も塾。
夜中まで塾。
そうやって猛ダッシュをして走り続けます。
何のために走っているのかも知らず。
そして、1位を目指して難関大学にゴールします。
そこがゴールだと思っていた子は
完全に走るのをストップします。
そして、惰性の様に大学生活を送ることになります。
高い学費を払いつつ。
猛ダッシュし続けたつけがきます。
もう走る気力はありません。
走る意義もありません。
歩いていますが、
もうすぐ事実に気づきます。
大学を卒業したとき、
実はそこがスタートラインだったということに。
果たしてこれから走り続けることができるのか。
そもそも、このマラソン大会で良かったのだろうか?
自分は本当は違う大会で走りたかったのかもしれない。
が、大学4年を迎えるころには
そんなことなど考えている余地はない。
また、今まで投資してきた時間、得た学歴がある。
これを捨ててまで
違うことをする勇気をもてる人は少ない。
だから、その道で見える範囲でしか
未来を考えることができない。
今の子どもたちの中には
この様な生き方をしている子が多くいるものです。
もう一度、今のダッシュは幸せに続くのかを
考えてみる必要があると思います。
2016年6月1日水曜日
【受験は良いのか悪いのか】という問いの答え
当然、受験には良い場合と悪い場合がありますが、
そんな答えではありきたりですね。
そんな答えではありきたりですね。
でも、良くなる場合と悪くなってしまう場合をしっかり把握して
バランスを保ったうえで判断することが大切だって思います。
バランスを保ったうえで判断することが大切だって思います。
受験が良くなる場合
保護者の方とお子様が
その受験される学校の特色をしっかりと
理解して受験するのであれば
受験は子供にとって良くなる可能性が高いです。
本人のやる気も自主的に高まるので、
保護者の方も
いちいち勉強しなさい!とお尻を叩く必要はなく、
応援のしがいがあります。
いちいち勉強しなさい!とお尻を叩く必要はなく、
応援のしがいがあります。
受験が悪くなってしまう場合
子供にとって高すぎるレベルの受験である場合は、
悪くなる可能性が高いです。
どうしても今の生活パターンを
完全に壊して勉強しないと合格できないので
人生のドーピング的な努力を強いられます。
人は短い時間であれば
頑張りぬくことができます。
ただ、そのドーピング的な頑張りは
精神と体にかかる負担が大きいので長期間は不可能です。
ドーピング的な勉強の仕方をして
ギリギリ合格したとします。
入学してみると
ドーピングを使わずに合格してきた人が
大勢いることになります。
するとどうなるか。
これからもドーピング的な努力を続けないと
クラスで成績下位の存在になる可能性が高いということです。
もし下位で居続けることになる場合は、
かなり強い自己否定感をもつようになるかもしれません。
ただし、
学校の特色を理解し、どうしてもここに通いたい!
という強い熱意を本人がもっていたときは
例え成績下位の存在になっても
そのまま目的を見失わずに努力を続けることが可能です。
高いレベルにも関わらず、
親が言う通りに素直にドーピング的に受験したという子どもは
親が言う通りに素直にドーピング的に受験したという子どもは
入学後に急ブレーキがかかり、
周囲のノードーピング学生との比較で
劣等感を植え付けられてしまいます。
周囲のノードーピング学生との比較で
劣等感を植え付けられてしまいます。
受験は受験校の特色を親と子が納得しているならGOOD。
子どもがなぜ受験するのか納得もしていないならBAD。
ちょっと背伸びすれば合格できるレベルならGOOD。
ドーピング的な努力が必要なレベルならBAD。
※親子が学校の特色に納得している場合はGOOD。
※親子が学校の特色に納得している場合はGOOD。
2016年3月8日火曜日
柳は緑、花は紅。子どもはみんな違ってみんな良い。
柳は緑、花は紅。
誰の言葉かは知りませんが、
この言葉は好きな言葉なんです。
花は紅であればよくてきれいな緑の柳になろうとする必要はない。
柳の緑は緑であるから美しく、きれいな紅の花を咲かせる必要はない。
みんなが同じなんて社会はつまらないですよね。
テレビだって全部の番組がニュースだったらつまらないです。
何か緊急のニュースがあったときでも
グルメ旅をしているテレビ東京があるから
全体としては味があるわけです。
全体としては味があるわけです。
それにもかかわらず
人間世界になると、
社会は子どもたちの勉強面ばかりを重要視していて、
ほとんどの人の頭の中には
大学まで行って、そのまま就職という方程式が出来上がっています。
ほとんどの人の頭の中には
大学まで行って、そのまま就職という方程式が出来上がっています。
でも、
勉強は人生の1つの側面でしかないし、
人間を高めるツールの1つなわけです。
人間を高めるツールの1つなわけです。
勉強だけが全てではないということを
教育者は強く肝に銘じておく必要があると考えています。
例え勉強が苦手でも
クラスを盛り上げてくれる子は
それだけで貴重な資質をもっている。
それだけで貴重な資質をもっている。
受験に落ちたからと自殺する若者のニュースを
ときどき見かけます。
様々な原因があるでしょうが、
勉強が全てと思わせてしまった環境に問題があるのではないでしょうか。
子どもたちの多様な個性に光があたり、
それぞれの分野で活躍する社会になるなら、
若者の自殺者も減ってくると信じています。
1人1人が輝いて生きることができる未来を
若者の自殺者も減ってくると信じています。
1人1人が輝いて生きることができる未来を
心から願っています。
2016年1月13日水曜日
中学受験についての見解。
私は塾を経営していますが、
中学受験はおすすめしていません。
受験する方には違う塾をおすすめしています。
なぜ中学受験をおすすめしないのか。
勉強ができることが
人生において最優先される価値ではない
と考えているからです。
勉強よりも大切なことはないのか。
日曜にバンコクの街で見かける塾のバス。
見ていると寂しい気持ちになります。
休みの日に朝から夕方まで
塾で勉強をしている子がいるようです。
勉強ができるようになることは
とっても大切だと思います。
でも、家族の時間を減らしてまで
する必要があるのでしょうか。
難関校を受験するために
6年になったときには
すでに6年の学習を終えている子もいます。
そんなに生き急がなければ合格でいない受験。
でも、その先の人生を早送りで終わらせるわけにはいきません。
そこまでしないと合格できない受験は
本当に自分の子どもに必要なのか。
難関受験でない学校を受験する子もいます。
よっぽど個性がある学校以外は
公立校でも十分でしょう。
この学校のここが良い。
というものがある場合は良い受験です。
難関校でなければ
通常のペースで頑張れば
合格でき、過度な負担もありません。
では難関校を受験するとはどういうことか。
それは親子ともに戦いぬく覚悟をすることです。
家族の時間、友達との時間、自分の時間。
それらを犠牲にする覚悟が必要です。
だからこそ、
立ち止まって覚悟を決める必要があります。
周りがしているからという
見切り発車をしてしまうと
途中下車もし辛く、取り返しがつかないことに
なることもあります。
中高一貫だから受験する。
そんな理由もあるようです。
でも、中学から高校への節目として受験を経験することは
人生をリセットする意味でも価値があるものです。
中3にもなれば、
自分の将来を考えながら
受験を自分の人生に必要なことと
とらえることができます。
自分から必要と思えたことに
自分から頑張ることは良い経験になるでしょう。
さらに、中学で嫌な境遇にあった子は
学校を変えることで
ガラっと再スタートするチャンスを与えられるという
メリットもあります。
自分を変える。
そんなきっかけになるんです。
子どもにとって高校受験は負担にはなりますが
成長にとっては意義ある負担です。
もちろん難関中学受験は適している子もいます。
しかし、多くの子にとって失うものの方が多いことがあるのではないか?
そんな意見があることも知っておいてほしいのです。
家族の時間。
遊ぶ時間。
無駄な時間。
そんな無駄な時間だからこそ
本当に素の自分を見つめることが
できるんだと思います。
難関中学受験を目指している子が
強いストレスを抱えて苦しんでいる。
教師としてそのような場面にも遭遇してきました。
そのストレスを無意識のうちに
他人へぶつけてしまう子もいました。
自分も友達も苦しんでいました。
保護者の方は気づいていませんでした。
子どもは自分が辛いということを言わないのです。
家ではとても素直な子だったようです。
保護者の方が中学受験をしてほしいという気持ちを
子どもはしっかり組んでいて、
愛をもらうために従順になり、
そのストレスを内にぐっと隠している子もいるようです。
自らが中学受験をして難関校を突破してきた
塾の先生は当然中学受験を肯定するものです。
それは自らのアイデンティティーを守ることにも
繋がるからです。
塾の先生が進めるからと言って
我が子にとっても正しいとは限りません。
家族の時間。
遊ぶ時間。
無駄な時間。
そんな無駄な時間だからこそ
本当に素の自分を見つめることが
できるんだと思います。
難関中学受験を目指している子が
強いストレスを抱えて苦しんでいる。
教師としてそのような場面にも遭遇してきました。
そのストレスを無意識のうちに
他人へぶつけてしまう子もいました。
自分も友達も苦しんでいました。
保護者の方は気づいていませんでした。
子どもは自分が辛いということを言わないのです。
家ではとても素直な子だったようです。
保護者の方が中学受験をしてほしいという気持ちを
子どもはしっかり組んでいて、
愛をもらうために従順になり、
そのストレスを内にぐっと隠している子もいるようです。
自らが中学受験をして難関校を突破してきた
塾の先生は当然中学受験を肯定するものです。
それは自らのアイデンティティーを守ることにも
繋がるからです。
塾の先生が進めるからと言って
我が子にとっても正しいとは限りません。
将来塾の先生になるならいいのかもしれません。
中学受験は他人に影響されず、
中学受験は他人に影響されず、
各ご家庭で冷静に考えてほしい
大切なことだと考えています。
私が中学受験をおすすめしない理由を
書かせていただきました。
一つの意見だと思って
価値観が合わない方は
聞き流してください。
正解は人によって違うからです。
大切なことだと考えています。
私が中学受験をおすすめしない理由を
書かせていただきました。
一つの意見だと思って
価値観が合わない方は
聞き流してください。
正解は人によって違うからです。
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