ラベル 名言 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 名言 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年5月17日木曜日

親として子供と一緒にいられるのは1度だけ~子供との「今」を大切に~

人生は一冊の書物に似ている。
馬鹿者たちはそれはパラパラとめくっているが、
賢い人間はそれを念入りに読む。
なぜなら、彼はただ一度しかそれを読むことが出来ないのを知っているから。
ジャン・パウル
ドイツの小説家


読書


人生が1回だけなんてことは誰でも知っています。
しかし、慣れというのは恐ろしく、
1回だということは忘れ去られ、
無為な時間を過ごしてしまうことがあるものです。


もし好きな書物が、1回しか読めないなら、
確かに念入りに丁寧に読んでいくはずです。


何回も読めると思えば、
気楽に読むでしょう。


人生が1回しか無い。
今日という日は二度とこない。
そのことを心から納得できれば、
もっともっと日々の生き方が濃くなるはずです。


永遠に生きられるとしたら
人生はまったく面白くない。


5年後でいいや。
10年後でいいや。
といつまでも後回しにできるなら
ずっとだらだらしてしまいそうです。


人生を色濃く生きるためには
人生が1度しか読めない本のようなものであることが
大切なんだと思います。


子育ても同じようなことが起こります。

子供の「今」はかけがえのないものです。
日々一緒にいると成長している姿に気づきにくいものですが、
子供のころは必ず終わりを迎えます。


だからこそ、
子供と過ごす「今」を大切にしていきたいものですね。

2017年7月8日土曜日

過保護な親から弱い子どもが育つ

子どもは守らなければいけない
弱い存在だ。


そのように考えている親にとって
子どもは本当に守らなければならない
弱い存在になっていきます。


子どもがもともと弱かったのか、
それとも弱いから守らなければ
と考えているから弱くなるのか。


親が子を守り過ぎているから子が弱くなっている
というのが真実なのではないでしょうか。


------------------------------------
親が子供に教えなければならないのは
「転ばない方法」ではなく
むしろ人間は転んでも何度だって
立ち上がれるということじゃないか!?

     ハチミツとクローバーより
------------------------------------


先日、アマゾンの先住民族の生活を
テレビで見る場面がありました。


子どもたちは幼いころから
肉にかぶりついています。


日本ではあれは身体に良いだの悪いだの
という情報が溢れていて、
まるで安全な食べ物は
ほとんど残されていないかのようです。


しかし、アマゾンで暮らしている子は
消化が良いだの悪いだのは関係なく、
焼いたばかりの肉を3歳くらいの子が
がぶがぶ食べていました。


きっと消化器官や歯、歯茎が
鍛えられているんでしょうね。


さらに大人が子供用の木のボートを作ってあげて、
練習をさせるそうです。

危険だから川に近づくなではなく、
生活のためにボートに乗る練習をする。


日本では靴紐をいつまでも結んであげる親がいます。


スポーツ系の習い事をしていて、
ちょっと躓いたり、
指導が強かったりすると止めさせる親もいます。


もちろん、理不尽なことであれば、
止めさせるのも正しい判断ですが、
安易すぎる判断の場合は考え物です。


子どもを守れば守るほど、
子どもは適応能力を発揮することなく
自分に快適な環境が外から勝手に近づいてくる
という王様の様な状態になります。


子供は失敗から学ぶことが大いに許される時期です。

大人になったら失敗に責任が付きまとうため、
なかなか失敗を繰り返すわけにはいきません。

失敗を責任なくできるのは子どもの時期だけです。

だからこそ、親が転ばぬ先の杖となり
助けすぎるとせっかくの失敗のチャンスを逃すことになります。

失敗は成長の種です。

失敗から学んだことは
自分の心の中に強烈なインパクトとして
植え付けられるので
一生の宝になります。


子どもの失敗を許せる社会になることを
願ってやみません。

関連する記事
世話を焼きたがる親から弱い子が生まれる

2017年7月5日水曜日

子どもの光を見るか闇を見るか。

人は物事を自分の価値観を通して
見ています。

それは時にはメガネに例えられたりします。


具体的には、有名な話ですが、
目の前に1つのコップがあり、
そこに水が半分入っていたとします。

事実はこれだけ。


それにも関わらず、
砂漠をさまよう人にとっては恵みの水になり、
居酒屋の飲み放題の会場にいる人にとっては
見向きもしないたった半分しかない水です。


人は自分の価値観(メガネ)を通して
現実を見て、理解しています。


これは子育てについても同じことが言え、
ゲーテの言葉が分かりやすいので
紹介します。


-------------------------------
現在の姿を見て接すれば、
人は現在のままだろう。

人のあるべき姿を見て接すれば、
あるべき姿に成長していく
だろう。

                        ゲーテ
-------------------------------

目の前にいる我が子を
自分のメガネを通してみていることがある。


もし、子どもの悪いイメージばかり先行していれば、
悪いところばかりが目につくようになります。


もし、将来が楽しみで、
きっと良く育っていくだろうと思いながら接していけば、
子どもの良いところが目につきやすくなる。

その結果として良い子として育つ。


もちろん、子育ては
そんな簡単にいくことではありませんが、
一つの真理を表している言葉だと思います。


良くなるというイメージがあれば、
きっとそのようになるように
自分もいろいろな子育てに関する情報を
集めるようになるでしょう。


悪いと思い込んでいたら、
そのことを証拠づける情報ばかりを求めるようになるでしょう。


子育てをするとき
自分は子どもの光を見るか闇を見るか。


私たちに問いかけてくれるのがゲーテの言葉です。

2017年3月19日日曜日

子育てに響く「アメリカ大陸 先住民族の教え」

職業柄、いろいろ教育関係の情報に
接することが多いんです。


で、久しぶりに
心に強くひっかかった名言がありましたので
ここでシェアしたいと思います!


「アメリカ大陸 先住民族の教え」======

・批判ばかり受けて育った子は,非難ばかりします

・敵意に満ちた中で育った子は,誰とでも戦います

・冷やかしを受けて育った子は,はにかみ屋になります

・妬まれて育った子は,常に悪い事をしているような気持ちになります

・心が寛大な人の中で育った子は,自信を持ちます

・ほめられる中で育った子は,いつも感謝することを知ります

・公明正大な中で育った子は,正義心を持ちます

・思いやりの中で育った子は,信仰心をもちます

・人に認めてもらえる中で育った子は,自分を大事にします

・仲間の愛の中で育った子は,世界に愛を見つけます

====================

すごく当たり前なことですが、
実は本当に気を付けないと
反対の子育てをしている方も多くいるものです。


ちょっとドキっとした方もいらっしゃるんじゃないでしょうか?
私はしました。


「人に認めてもらえる中で育った子は、
自分を大事にします」


という言葉はドキッとしましたし、
とっても好きな言葉です。


親として、子どもに要求することが多くなり過ぎ、
認めてあげるより、
批判的な子育てをしがちになってしまうこと。


私は自分を注意していないと
この批判的な子育てに偏ってしまいそうになります。


だからこそ
この言葉を心に刻みつけ、
自分を戒めるようにしています。


刻み付けるためには
何回も何回も復唱することです。


そうやって自分の子育て観を
高めていきたいと思います!

2016年10月11日火曜日

成長の意思、やる気がない子・・・





自らを助けないものを救おうとしても、無駄だ。
ハシゴを自分で登る意思のないものを
他人が押し上げることはできない。


アンドリュー・カーネギー





これは週給1ドル20セントから
億万長者に成りあがった
アメリカの鉄鋼王の言葉です。




これは教育者として
私が日々戦っていることです。



私は梯子の登り方を教えることに関しては
教師生活が長いので
比較的簡単にできます。




ただ、難しいのは
そもそも梯子を登る意思がない子です。




勉強をする意思のない子が
教えていると毎年いるものです。




前の学年でいったい何があったのか?
いや、もっと幼いころに何かあったのか?



そう思うほど
やる気がない子が出てきます。




人は生まれながら
成長の意思をもっています。



成長の意思がない種は滅びます。
ゆえに人間は絶滅から逃れるために
成長したいという本能的な
欲求があるものです。



それがいつの日か
自分は無理だと思い込み
成長への歩みを止めてしまう。
何か出来事があったのでしょう。




このブログは先生向けではなく
親へ向けたものなので
子育てにおいて大切なことを書きます。



子どもたちが意欲を無くさないために
大切なことです。




1)他者、過去の親と比較しない。


2)できない事実を怒らない。


3)人格を否定する言葉をかけない。


4)イライラの表情で伝えない。



あまり多く書いてもきりがないので
この程度で。



1)について

勉強ができた親ほど自分の過去と
今の子どもの状況を比べます。



私はできた。
だからあなたもできないとダメ。



それは勉強をする理由にはならないんです。

勉強は何のために必要なのか
という納得感を得るためには
親が勉強して良かったと納得してきた事実を
伝える必要があります。


もちろん兄弟がいる子は
兄弟で比較してはいけません。



言葉には気を付ける人がいても
態度に気を付けていない人もいます。



勉強ができる子を連れているときばかり
親が他人から褒められてニコニコしている
なんてことも・・・



2)について


できないことはわざとではない。

そのわざとではないことを叱ると
子どもは目の前のことから逃げたくなるものです。


できない結果を叱っても
何も意味がありません。


そもそもやる気になっていないなら
勉強の意義を伝えてあげる
納得してもらう方が先決です。


やる気がない子が
手を抜いて失敗して、
それを叱られる。


完全に逃げます。



3)について


こんなのもできないの?ダメね・・・


こんなの簡単じゃない。どうしてわからないの?



自分はバカな人間だと
思い込ませる言葉
形は違ってもたくさんあります。



自分が子どもに伝えている言葉は
子どもの人格を否定するものではないか?
そこを振り返ることが大切です。



4)について


叱らない。人格は否定しない。
そう心に誓っても
本音がダメだな・・・と思っていると
顔に出ます。


その親の表情を子どもは察知します。


親の嫌な顔から逃げるために
勉強から逃げる。


勉強をそもそもしなければ
親から怒られることも
嫌な顔をされることも
避けることができる。



本能的にそう思い込んでしまう子は
けっこういるものです。




梯子を登る意思をもつ子を
育てていきたいものですね。

2016年3月22日火曜日

褒める・叱る以外の子育て法

行動するたびに 叱られ、褒められて育った人間は 
叱られるか褒められるかしないと行動しなくなる。



「よくできたね」 と褒める必要はない。 
ただ「ありがとう」と感謝を伝えるだけでいい。 



感謝される喜びを知れば 
自ら進んで周囲に貢献しようとする人間になる。



アルフレッド・アドラー




これは教育者として考えさせられる言葉です。



私も褒めることは良くありますが
感謝の気持ちである
「ありがとう」や
喜びの気持ちである
「うれしいな」も良く使っています。

喜び


自分がした行為で
相手が喜んで感謝してくれるという思いが
子どもにとって
次の行動のエネルギーになるものです。



どうしても学校教育の場では
評価に偏りがちです。



良い行いを評価して
その行いを「強化する」という意図があるからです。



ただ、評価され続けて生きてきた子どもたちが
やがて大人になり、飛び立った社会は
いつも子どもたちを評価してくれるわけではありません。



評価システムはかなり細かくいきわたったいますが、
それでも評価されないことをしなければならない、
日の目を浴びないことも多々あるはずです。



そんなとき、
褒められた、叱られた以外の観点である
感謝された、喜んでもらえた
という感覚に対する充実感を得た子は
手を抜かずに頑張れるんだと思います。



人が評価してくれなくても
行動できる人になっるために
褒める・叱る以外の第三の評価基準があることも
知っておいてくださいね!

2015年11月30日月曜日

子育ての「叱る」と「怒る」の違いとは。【美輪明宏さんの名言より】

日々子ども育てていると
どうしても感情的になってしまうことってありますよね。


しかも感情的に怒ると
そのあとに妙な罪悪感が残るもの。



これは子どもを怒るから罪悪感が残るんです。


子どもを叱るのであれば罪悪感は残りません。



わかりやすく怒ると叱るの違いを説明してくださる
美輪明宏さんの名言を紹介します!



------------------------------------------


叱ることと怒ることは違います。 


叱るとは怒りの感情を抑え、 

子供のためになることを 
子供が理解できる言い方で説得すること。 


子育てに必要なのは、 

愛情と理性。


美輪明宏


------------------------------------------



叱るとは。


◆怒りの感情を抑えること。

◆子どものためになることを言うこと。

◆子どもの理解できるいい方で説得すること。



この3点です。



怒りの感情に支配されて怒ると
その瞬間は「子どものためになること」なんて
考えることなく、大人の感情発散のために
子どもの人格を否定してしまう言動を
簡単にしてしまう危険性があります。



「本当にダメな子ね!」
「どうしてこんなこともできないの!?」
「何回言っても聞かない子ね!」



どこれもこれも子供のためになる言葉ではありません。

この言葉を受け取った子どもは
ただたんに
自分はダメな子だ。
という思いを抱くだけです。

学びはありません。



怒られた子


感情的になっている時の畳み掛けるような言葉は
子どもたちにとっては
ただ怒られたというイメージしか残らないもの。



何が悪かったのか。
これからどうしたら良いか。



そんなことも学んでいないので
ただできることは怒っている人を前にして萎縮するのみ。



萎縮してこれから悪いことをしない。



見た目はいい子になりますが、
本質を学んで良い子になったわけではありません。
恐怖から良い子のふりをしているだけです。



叱ると怒るの違い。



美輪明宏さんの言葉から紹介しました。
子育てのお役に立てたら嬉しいです。







2015年11月25日水曜日

世話好きな人は自己評価が低いということ。



----------------------------------------
世話好きな人は、単に優しい人なのではない。


相手を自分に依存させ、
自分が重要な人物であることを実感したいのだ。


アルフレッド・アドラー

----------------------------------------



テキパキと何でも間でも世話をしてくれる人は
周囲の人にとってありがたい存在です。


でも、行き過ぎると
ちょっと煙たがれるなんてことも。

世話をしている本人は良かれと思っているんで
そのことには気づかないからやっかい。



どうして行き過ぎた世話をやく人がいるのか。



それが上記のアドラー先生の言葉です。




今までの人生の中で自分の価値を高くみることが
できずに大人になる人がいる。



自分の価値を見出すことができないから
他者から価値を見出してもらう必要がある。



世話をする。
頼られる。
必要とされる。
自分は必要とされる価値のある存在だ。



そうやって自分の価値を確かめる。

自信を無くす子ども


子育ても似ているところがあります。



ダメな子ねと愚痴りながら
整理整頓をやる親の子は
自分で片づける能力を高めるチャンスを奪われ、
結果として片づけてもらわなければならない子になる。


愚痴を言いながらも
子どもから必要とされる。
愚痴を言いながらも
子どもの役にたっている。



そうやって
自分の価値を確かめているということもあるんです。




アドラー先生の言葉が
必ずしも正しいとは限りません。



でも、
自分の心に何か響くものがあったときは
自分の行動を振り返ってみるのも
心の成長のきっかけになるかもしれませんね。



関連書籍
親と子のアドラー心理学 勇気づけて共に育つ


----------------------------------------------------------
バンコク学習塾・タイ語学校・英会話学校

代表 小川 一樹

タイのリアルタイムの情報を届ける
ツイッターはこちら

⇒私が選ぶ厳選名言集
----------------------------------------------------------

2015年10月5日月曜日

子どもが片づけをしないとき使える言葉 / 考える力を育てる


お片付け


子どもが遊んだおもちゃを片づけない!


これが原因で親と子どもとの間に言い争いが絶えない。
なんてご家庭はけっこうあるようですね。


わが家も片づけに関しては、
親と子の間に一悶着あるわけです^_^;


そもそも、私自身が
片づけが苦手な方だったんで、
それも影響しているのかな?
なんて考えています。


さて、所ジョージさんと言えば遊びの名人として有名。


世田谷ベースなんて遊び場を作って、
BSで番組になったりしていますよね。


そんな遊び上手な所さんが
子どもに片づけをさせるために
アドバイスをしてくれています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

子どもにも言ってんですけども、
何のために片づけるかっつったら、
次遊ぶ時に早く遊べるように今片づけろってことなんだよ。


散らかってて汚いから片付けろ、
じゃなくて、
お前らが次遊ぶ時にどこに何があるかが分かりやすいでしょ?


そしたら、次遊ぶ時に早く遊べるでしょ?
だから片付けなさいて。


          所ジョージ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


すごく納得ですね(^-^)


汚いでしょ!
というのはこっちの価値判断であって、
子どもにとっては汚いという認識はないわけです。


親から「でしょ!?」
って言われたから「うん」と
パブロフの犬のように頷くだけです(^-^;


本当に汚いと思っていたら、
すでに片づけていたわけですしね。


そんな汚さがわかっていない子供に、
次遊ぶときに遊びやすい
という簡単な説明なら理解できるはずですし、
納得もできるはずです。



どこにあったっけ?
と探している時間にイライラした経験があれば
なお心に響くでしょうね。



さらにベストタイミングとしては、
イライラしたその日の遊びの終わりに


「探すの大変だったでしょ?だから片づけようね。」


と言って、
親も一緒になって片づければ、
そんな嫌がらずに片づけてくれるはずです。



ただ、すでに高圧的に片づけを命令され続けて、
片づけ嫌いになってしまった子にとって、
片づけの良さを伝えるのは大変ですけどね・・・



まだまだ幼い子には、
所さんの言葉をお借りして、
親も一緒に片づけることが大切ですね。



あと、ついでだから付け足しで(^^;



理由があるところがいいですよね。


片付けろ!じゃなくて、
次遊ぶ時に大変だろ?って理由です。



理由もわからないのに
力でねじ伏せるように行動させる大人って多くいます。



これを続けていると、
子供は理由もなく指示に従う習慣が身につきますよ。


物分かりが良い子だからいいんです。
って声も聞こえてきそうですが、
ただ物分かりが良いと喜んでいられませんよ。



理由もわからず指示に従うという物分かりの良さってのは、
子どもたちが大きくなったときに
子どもたちを苦しめる資質になりますよ。



これからの社会では、
ただ単に指示に従う人間のやる仕事は、
ロボットにどんどん置き換わっていきます。



例え単純な労働であっても、
指示の背景にある理由を考えることができる人は、
付加価値をオリジナル、自分の思考判断で付け加えることができます。
信長の草履を温めた秀吉のように。



単に何も考えず、草履を準備することを命令されたから
と思って作業していたら、
当然のようにそのまま草履を出していたでしょう。


でも、常に理由を考える癖をつけている脳であれば、
心地よく草履をはいてもらうという
思いやりという付加価値を加えることができたわけです。


言われたことを理由がわからなくても
やるだけの人間には思いつかない発想です。



何か子供に指示をするとき、
大人が勝手に「そんなことは当たり前だ」と考えていると、
理由を述べないで命令してしまいがち。



「なんでシャーペンは学校に持って行ってはいけないんですか?」
これも同じようなもので、
理由を説明しないでダメなものはダメと指導する人もいるもの。



子どもへは理由をしっかり明示すること
もちろん
余裕があれば、理由を考えさせるってのも
考える力を高めるために良いかもしれませんね。



子育ての参考になればうれしいです!



2015年9月8日火曜日

失敗を恐れて行動できない子どもの挑戦する心を育てる言葉

すぐ無理だと物事を諦めがちな子供たちに
伝えたい言葉があります。

-------------------------------------------
PKを外すことができるのは、
PKを蹴る勇気をもった人だけだ。
     ロベルト・バッジョ

ロベルトバッジョ
---------------------------------------------

ロベルトバッジョは
ヨーロッパで年間最優秀選手に選ばれた
私たちの世代にとっては超有名なサッカー選手です。


悲劇はワールドカップ決勝戦で訪れました。


勝負は同点のままPK戦にもつれ込む。
最後のキッカーとなったバッジョ。

大観衆が見守る中、
ロベルトバッジョは
最後のPKを外してしまいました。


イタリアは敗北。
ブラジルの選手たちが歓喜する中、
ピッチでうなだれるバッジョの姿は
何回もVTRで目にしました。


ワールドカップという大舞台。
国の期待を背負って蹴るPKの重圧は
誰もが経験のしたことのない
特大級の重圧です


その重圧の中、PKを外したとき、
ロベルトバッジョの心境を考えると
恐ろしいものがあります。


そんなロベルトバッジョの言葉で
私が好きな言葉が上にあげたものです。


確かにPKを外すことは怖いことです。
しかもワールドカップとなれば、
絶対に避けたいこと。


でも、バッジョの言う通り、
外すということができる人は
PKを蹴ると決めた人でしかありません。


また、その舞台に立てる人は、
PKを蹴るに値する
技術を磨き上げた人だけのはずです。


外すことが怖いからと挑戦せずにいるよりも
勇気をもって難題に逃げずに立ち向かう勇気が大切
と心の底から伝えてくれている気がします。


失敗を恐れて、土俵にすら立たない人は
失敗する可能性もなければ、
成功するチャンスもゼロ。


ただのです。


昔の教え子で、
このことに似たエピソードを経験して
子どもに伝えたことがありました。


運動会のリレーの選手代表選考会がありました。

足が速いにも関わらず、
自分は面倒だから出場しないと
言っていた子がいました。


そして、選考会に出場したものの、
負けそうになると、
わざとゆっくり走っていた姿を見て、
私は彼を強く指導しました。


負けるかもしれないからと
本気を出さずに逃げ道をつくり、
本気で挑戦しないのは、
勇気がないことを証明しているだけだと。


今の子どもたちはロベルト・バッジョ選手のことは
知らないでしょう。


それでも、私の心の中には
これからも伝えていきたい名言として
強く残っている言葉です。


あきらめている子どもを見かけたら、
伝えていただけたらと思います。

関連記事