2019年8月1日木曜日
正しい叱り方より大切なこと
正しい叱り方があるのか?
褒めて伸ばす、叱って伸ばす、
体罰はダメで大声もダメ。
あれは良くてあれはダメ。
方法論にはいろいろあるのですが、
私は本質を忘れてはいけないなって考えています。
指導法はいろいろあるんですが、
そもそも「何のため?」という目的が正しいかどうかを
私たち親、大人が理解している必要があります。
怪しい勧誘の人ですら、
「褒める」を使って巧に相手を操作しますからね。
手法が大切なのではなく、
目的が間違っていれば、すべてはダメになってしまう。
だからこそ、私たち大人は
正しい目的を常に模索する必要があるんだと思います。
子供たちの成長にとっては何が大切なのか。
昔の受験戦争だって、今となれば子供たちをつぶす可能性が高い
と言われていますが、
実際に行っていた人たちは正しいと信じていたはずです。
何が正しいかは時代によって左右されてはいけない
もっと本質なものだと思います。
愛情のある叱るがよい、褒めるが良い、
期待するのが良い・・・
いろいろ言われていますが、
それよりも前にみなさんが自分の心を中を見つめることです。
何のために?
そこを忘れないで子育てをしてほしいと思います。
2019年7月29日月曜日
【脱】大声で叱る
私が子育てをする上、
教師として指導する上で気を付けていることは、
できる限り大声を出さないということです。
ついつい大人と子供ということで、
指導すべきことがたくさん見えてきてしまい、
それが思うようにいかないとイライラする場面も出てきてしまいます。
そんなイライラが溜まっているとき、
親は大声を出して子供たちを叱ってしまうということが
あるのではないでしょうか?
私も気を付けるようにしていても、
ふと時々声が大きくなることもあるものです。
気を付けていても大きな声になってしまうことがあるので、
もし気を付けていなかったら・・・(^^;
どうして私が大声を出すことをしないかと言いますと、
私がしている行動を子供たちは学ぶからです。
何か物事がうまくいかないとき、
自分の要求、欲求が通らないとき、
解決方法として「大声」を選択してほしくはないのです。
声が大きい方が勝ち。
そんなことはありません。
でも、まれにニュースなどで見ますよね。
警視庁24時的なテレビ番組では声を荒げる人が良く出てきます。
筋道が通っているわけではなく
ただ大きな声で相手を威圧して優位に立とうとする行為は
決して褒められるべき行為ではありません。
それにも関わらず、
私たち親や教師が大声で子供たちに優位に立ち、
コントロールしようとするなんてことは
あってはならないことだと思います。
子供たちに間違ったことを学ばせないためにも、
私たちは大声を出して指導することから
卒業しなければならないと思います。
教師として指導する上で気を付けていることは、
できる限り大声を出さないということです。
ついつい大人と子供ということで、
指導すべきことがたくさん見えてきてしまい、
それが思うようにいかないとイライラする場面も出てきてしまいます。
そんなイライラが溜まっているとき、
親は大声を出して子供たちを叱ってしまうということが
あるのではないでしょうか?
私も気を付けるようにしていても、
ふと時々声が大きくなることもあるものです。
気を付けていても大きな声になってしまうことがあるので、
もし気を付けていなかったら・・・(^^;
どうして私が大声を出すことをしないかと言いますと、
私がしている行動を子供たちは学ぶからです。
何か物事がうまくいかないとき、
自分の要求、欲求が通らないとき、
解決方法として「大声」を選択してほしくはないのです。
声が大きい方が勝ち。
そんなことはありません。
でも、まれにニュースなどで見ますよね。
警視庁24時的なテレビ番組では声を荒げる人が良く出てきます。
筋道が通っているわけではなく
ただ大きな声で相手を威圧して優位に立とうとする行為は
決して褒められるべき行為ではありません。
それにも関わらず、
私たち親や教師が大声で子供たちに優位に立ち、
コントロールしようとするなんてことは
あってはならないことだと思います。
子供たちに間違ったことを学ばせないためにも、
私たちは大声を出して指導することから
卒業しなければならないと思います。
2019年7月25日木曜日
感情的に叱らず、落ち着いて伝える。
鏡に映る親としての自分の姿が子供である。
似たようなことは、いろいろな言葉で語られていますが、
私も子育てをしていて痛感する言葉です。
親が感情的に子供を叱れば、
子供も感情的に相手を叱るようになる。
この感情の部分は本当に注意しなければいけないなと
自分を振り返ってコントロールするように努めています。
何のために叱るのか?
ここを見失ってしまうと、
一時的な感情に負けてしまうことがあります。
本来なら、子供に正しい生き方を教えたいだけなのに、
間違った行為を目の前で見ると、
親として感情的に叱ってしまうこともあるかと思います。
そうすると、本来の目的である「正しい生き方を教える」
ということからどんどん逸れていってしまうのです。
親が感情的になれば、
それを見ている子供も感情的になります。
その感情はぶつかり合えばあうほど激しくなります。
気が付けば、本来の目的なんてそっちのけで
親が子を叱っているという場面は
街中でも多々あるはずです。
正しい生き方を教えるなら、
落ち着いているときに教えてあげた方が
子供たちも理解しやすいのです。
叱ってはいけないというわけではなく、
感情的に叱るくらいなら、
いったん離れて、
お互い冷静になるまで待った方が良いということを
お伝えしたいのです。
もちろん、緊急を要する場面などで
とっさに叱らなければならないときは別です。
しかし、それでも強く短く叱ること。
だらだら叱らないことは大切にしてほしいです。
とにかく、本来の目的からそれていないのか?
ということは、自分が冷静になってから
考えてみるとよいと思います。
感情的になって叱ったとき、
それで子供は何を学べたのか。
ゆっくり考えてみたら、
これからはどのように叱るべきかが見えてくると思います。
2018年11月26日月曜日
子育てをシンプルにするルール化という考え方
子育てをしていると叱る回数が増えてストレスがたまる。
という人がいますよね。
叱る回数を減らすためにはどうしたらよいか、
子育てをもっとシンプルにするためにはどうしたらよいか?
そんなときにちょっと自分が考えていることが
参考になるかもと思うので書いてみますね。
キーワードはルール化です。
ルール化というのは文字としてはそのままで、
ルールにするということですが、
どういうことかというと、
親の頭の中にあるちょっとした叱りポイントを
あらかじめ紙に書いてルール化するんです。
私がしているルール化としては、
使ったものは元の場所に戻す。
ドアはやさしくしめる。
ぬいだくつは並べる。
ぬいだ服はかごに入れる。
食べたあとの皿は台所にもっていく。
ゴミが出たらその時にすてる。
という人がいますよね。
叱る回数を減らすためにはどうしたらよいか、
子育てをもっとシンプルにするためにはどうしたらよいか?
そんなときにちょっと自分が考えていることが
参考になるかもと思うので書いてみますね。
キーワードはルール化です。
ルール化というのは文字としてはそのままで、
ルールにするということですが、
どういうことかというと、
親の頭の中にあるちょっとした叱りポイントを
あらかじめ紙に書いてルール化するんです。
私がしているルール化としては、
使ったものは元の場所に戻す。
ドアはやさしくしめる。
ぬいだくつは並べる。
ぬいだ服はかごに入れる。
食べたあとの皿は台所にもっていく。
ゴミが出たらその時にすてる。
こんなものがあります。
これに関しては、日頃から守っていないことに
気が付いたら叱るというのではなくて、
あらかじめ守るべきルールとして
その都度教えていきます。
気が付いたときに叱るのではなく、
常に意識しておいて確実に指導するという感覚ですかね。
そうやって前もって言っておけば、
叱る回数は格段に減りますよ。
もちろん、子供はルールを破ることは多々ありますが、
自分が明確にルール化しておけば、
見逃してしまうことも減るので、
確実に噴火する前の煙の段階で
穏やかに指導を終えることができると思います。
親も見逃してしまって、
たまりにたまった結果として叱るから
ストレスが溜まってしまうんだと思います。
日頃からルール化しておいて、
ちょくちょくこまめに指導する。
それを心がけておけば
子育てはシンプルになると思いますよ!
こんな文章を書く前に動画を撮ったんで
ちょっと支離滅裂かもしれませんが
聞き流し用として。
2018年11月21日水曜日
【叱り過ぎる親へ】子育ての原点を見つめること
子育てをするときに大切になってくることは
自分の子育ての原点を見つめることです。
私の場合は、その原点は、
妻の出産に立ち会った分娩室にあります。
今の子育てで多く見られるトラブルとしては、
子供たちが自分のことを嫌いになるほど
親が強く叱ってしまうというものがあります。
勉強であれ、躾であれ、
親は子供に期待すればするほど
叱る場面が増えてきてしまいます。
叱られて頑張れる子もいるんですが、
基本的に子供は叱られたら自信を喪失してしまうものです。
それでも、親からの愛を獲得するため、
先生からの愛を獲得するために
めげずに頑張る子もいます。
それでも思うような結果を出せないとき、
子供たちは自分への自信を失っていきます。
自分への自信を失って大人になると、
自信が無いからこそ自分の意志を持ちにくくなります。
自分から動いてもうまくいかないんじゃないか。
自分には無理なんじゃないか。
自分の意志がないから
他人に流されるように生きます。
子供の自信を無くすほどの叱責をしないこと。
子育てで気を付けておかなければならないことです。
ついつい叱責し過ぎてしまう自分を抑えるものが
子育ての原点なのかなって思うのです。
子育ての原点をもっていれば、
そこまで叱ることは無くなってくると思うのです。
私の子育ての原点は分娩室にあると
一番最初に言いました。
小さく、今にも壊れてしまいそうなわが子を
分娩室ではじめて抱っこしたとき、
強く感動しました。
小さなわが子の命の炎は小さく感じられ、
抱いていることすら壊してしまいそうで怖く感じられ、
ただただ元気に育ってほしい!と強く思いました。
そこが私の子育ての原点なんです。
元気に育ってくれたらいいんです。
勉強の結果がどう、習い事の結果がどうこう。
そんなことは最優先ではなくて、
最優先なのは元気に生きてくれることです。
みなさんの子育ての原点は何ですか?
ぜひ思い出してみてください。
2018年10月12日金曜日
褒めるのが苦手な親へ【頭でっかちにならないで!】
朝の情報番組のノンストップで
褒めるのが苦手な親が多いという特集をやっていました。
見ていて感じたのが、
褒めた方が良い、
褒め過ぎはいけないとか、
どっちか一方に偏りがちだということです。
褒めなきゃいけない!
褒めてはいけない!
叱ってはいけない!
なんて、強く思い込み過ぎているのかな。
叱ってはいけないから、
褒めるような言葉に言い換えなければいけない・・・
でも、できなくて落ち込んでしまう。
ちょっと頭でっかちになり過ぎです。
とっても真面目なんでしょうね。
私は自分の中で物差しをもっていることが
褒めるのが苦手、得意の以前に大切なことだと
考えています。
この線を越えたら叱るというのは
明確な基準をもっていれば、
迷うことは減ってくるはずです。
例えば、
過度に他人に迷惑をかけるとき。
自分の命に危険が生じるとき。
そんなときはぴしゃりと叱っていいですよ。
ただし短めで。
反省の色を示してどうこうするまで
ではなくて、ぴしゃりと伝わっていたらいいんです。
子供に【こんなことをしたら叱られるんだ】
という基準が伝わればいいんです。
そして、ほめ方、ほめる言葉などで悩む必要も
そこまで無いんです。
いつも「すごい」しか言えない
と悩む親も出演していましたが、
それしか言えないならそれだけでいいですよ。
言わないよりは言った方が良いんですから。
ただし、本当に褒めたいときですよ。
褒めたくないのに褒めなきゃ褒めなきゃと思って
「すごい」と言うからちょっと単調でダメかな?
と感じるんです。
また、ほめ過ぎていないか?
とかも気にする必要はなくて、
自分が本心から褒めたいなら褒めたらいいんです。
すごいじゃんでもいいです。
いいね。でもいいです。
やったじゃん。でもOKです。
頭をなでるだけでもOKです。
別に変に凝る必要はなくて、
これはうれしい!って思ったら褒めてあげたらいいんです。
頭でっかちにこのようなときは
こう対応しなければ!なんてこともないです。
もし、子供がテストを持って帰ったとき、
「80点だったよ!」
とかえってきたなら、
まずはしっかり観察することですよ。
喜んで帰ってきているように見えるなら、
「頑張ったね。」と認めてあげたらいいんです。
悲しんで帰ってきたなら、
「惜しかったね。」と共感してあげたらいいんです。
どっちが正解なんて無くて、
しっかり観察して声をかけてあげたらいいんです。
そのあとで、親の中に基準があって、
90点以上は採ってもらいたいというなら、
そこで叱っても仕方がなくて、
そのための具体的な作戦を考えていかなければいけません。
勉強時間が少なかったのか、
やるべきことをやっていなかったのか。
そこが大切なわけで、
叱ればできるようになる。
褒めればできるようになる。
といった簡単な話ではありません。
褒めるのが苦手な親が増えていると聞きましたが、
そこまで頭でっかちにならなくても
いいんじゃないかなっていうお話でした。
参考になればうれしいです。
2018年9月27日木曜日
〇〇禁止という安易な子育てと腰を据えた子育ての違い
子育てには安易な子育てと
腰を据えた子育てってのがあると思っています。
良く子供たちから聞くのが
ゲーム禁止になったとか、
テレビ禁止になった、漫画禁止になったとか、
〇〇禁止ってものです。
この○○禁止って子育てでも、
確かに結果はでるんです。
忘れ物が減るかもしれないし、
テストではいい結果だすかもしれません。
でも、それが何になるか?
ということを考えなきゃいけないと思うんです。
忘れ物が減ったかもしれないし、
テストの点数が上がったかもしれないけど、
子供たちって何を学んだの?
〇〇禁止から何を学んだの?
ということです。
そんなことをTJママLabに書きました。
3日間無料で参加できます。
※ただし、名前や写真などが無く、
怪しいと判断できるアカウントは
プライバシーの関係上参加不可能となります。
自分のアカウントが名前が変だったり
顔写真がない場合はメッセージも一緒に送ってください。
3日後に参加継続か質問メッセージが来ますので
そこで支払いをしなければ退出となります。
⇒TJママLab
2018年5月29日火曜日
遠慮せずに叱っていいことがある!
テレビを見ていると
叱る、怒ることを否定している芸能人ママがいました。
けど、
私は別に叱ることも怒ることも
両方悪いわけではないと思います。
ただ、最終手段です。
怒ると叱るは違う行為ですけど、
今回は似てるのでまとめて扱いますね。
叱る、怒るは安易な処方箋の様なもので
多様すると親としての力が高まらないし、
薬は耐性ができてやがて効かなくなるものです。
耐性ってのは、
子供が怒られ慣れるということ。
怒られて育っている子は
【他人を強引に力でねじ伏せる方法】を
親の姿から学んでいくと同時に、
自分の中に
【感情的になった他人に対してびくびくした心の種】
をもつことになります。
親の姿から学んでいくと同時に、
自分の中に
【感情的になった他人に対してびくびくした心の種】
をもつことになります。
その種のせいで、
大人になっても 感情の起伏の激しい人に出会うと、
どこか相手の機嫌に敏感に反応してしまい、
どこか相手の機嫌に敏感に反応してしまい、
顔色をうかがって生きるようになりがちです。
叱るも有効な手段です。譲らず遠慮せず!
叱り、怒りを多用して育てると一生残る弊害があるので、
注意が必要です。
しかし、最終的な手段としては効果を発揮しますし、
遠慮せずに使ってほしいです。
時折、高学年になって
親に対して暴言を吐く子がいます。
このような暴言を吐くことが習慣化する前に
子供に対してはぴしゃりと譲らず厳しく叱る必要があります。
最近は、親子が対等に話し合うことが
教育界で流行っていますが、
親子は対等な関係を重視するだけではダメです。
上下の関係である必要もあるのです。
そこを忘れてお友達感覚で
ため口で親に話すということを許し、
ずるずると暴言まで許すことがないように
教育する必要があります。
論理的に筋道を通して説明することも大切です。
しかし、なんでもかんでも理屈っぽく説明する必要もなく、
ダメなものはダメだという非論理的な部分も大切です。
そのために叱るということを使うのは
何ら悪いことではありません。
正しいことを身につける過程での躾であれば、叱るも有効な手段です。譲らず遠慮せず!
2018年4月22日日曜日
親が子に暴力や暴言を与える原因とは?
子供の行動にかっとしてして
暴力を振るってしまったり、
罵声を浴びせてしまう親がいます。
暴力を振るってしまったり、
罵声を浴びせてしまう親がいます。
このブログを読んでいる皆さんの中で、
そのような経験をした方はいるでしょうか?
そのような経験をした方はいるでしょうか?
あくまで一般論ですが
その原因と言われていることを書きますね。
子供に暴力や暴言を与えてしまう親は、
かつて自分が親から暴力や暴言を受けていた確率が
かつて自分が親から暴力や暴言を受けていた確率が
とても高いということが統計からわかっています。
単純に同じことをしてしまう
といった話ではないんです。
といった話ではないんです。
非力だった子どもの頃、
親から暴力や暴言を与えられると、
自分が悪いんだから仕方がないと
思うと同時に、ぶつけようがない怒りが溜まってしまいます。
親から暴力や暴言を与えられると、
自分が悪いんだから仕方がないと
思うと同時に、ぶつけようがない怒りが溜まってしまいます。
その怒りのパワーをまじめな子は
発散できずに大人になってしまいます。
発散できずに大人になってしまいます。
大人になったとき、
その怒りのパワーの原因が
自分の親にあるなんてことは
とうに忘れてしまいます。
その怒りのパワーの原因が
自分の親にあるなんてことは
とうに忘れてしまいます。
ただ、溜まっていて
どうしようも無い怒りのパワーが、
かつて親を怒らせてしまったダメな自分の姿を
どうしようも無い怒りのパワーが、
かつて親を怒らせてしまったダメな自分の姿を
我が子の姿にダブってしまうと
ドカンと爆発するのです。
ドカンと爆発するのです。
これが親が子に暴力や暴言を与える原因です。
ではどうしたら良いのか?
それはカウンセリング的な内容になってしまうので
これ以上は書けないのですが、
人間は自分の内面のことを冷静に見つめることができるだけで、
人間は自分の内面のことを冷静に見つめることができるだけで、
多少問題が解決の方に向かうもの。
だから、この記事を読んで、
何か思い当たることがある人は、
それだけでちょっと冷静になれるはずです。
何か思い当たることがある人は、
それだけでちょっと冷静になれるはずです。
心がざわついた人は、
ゆっくり自分の過去を見つめてみてくださいね。
ゆっくり自分の過去を見つめてみてくださいね。
2018年2月7日水曜日
子育てで感情的に叱ってはいけない理由
子育てで気を付けなければならないのは、
クールさを失うことだと考えています。
私は松岡修造が好きです。
クールさとは対極にある情熱的な指導。
が、松岡修造さんは至ってクールだと思います。
まず計算があり、
そのあとに感情をのせて、
自分を盛り上げながら教育していて、
決して理性を失っているわけではありません。
子育てをするとき、
どうしても自分の感情が高ぶりがちな方は
気を付ける必要があります。
自分はカッとなったら
子どもに感情的に怒鳴ってしまう。
そのことが分かっている人は、
よくアンガーマネジメントなんて言われていますが、
そんな方法などを分析して紹介することはしません。
ただ、感情的になってしまったら、
いったん、子どもから距離を置くことをおすすめします。
そのまま近くにいたら、
感情的に怒鳴ってしまい、金切声をあげてしまうかもしれないなら、
距離をとって黙っていた方が
よっぽど良い教育効果があります。
特に勉強のとき、
子どもが悪い点数を採ってきたからと、
感情的に叱ったとします。
子どもは何を考えているでしょうか。
自分が子どもの頃を思い出してください。
感情的に怒る親の顔を、
すなわち自分の顔を想像してください。
学ぶことはありそうですか?
ただ怯え、これ以上怒らせまいと泣くかもしれません。
嵐が過ぎ去れば、
次の嵐を避けるために、
怒らせないようにと行動することになるでしょう。
これからの子どもの行動の源泉が
親を「怒らせないため」になってしまうです。
そうすると勉強なんて懲罰です。
怒らせないためにやる勉強が楽しいわけがありません。
怒らせないためには、
距離をとることを選ぶかもしれません。
口数を少なくし、
出来る限り無表情にし、
嵐が来ないようにおとなしく過ごす。
このような形で子供らしさを捨てなければならない子も
実際にいるのです。
感情的に叱られた子は、
問題の本質を学ぶことができず、
ただ恐怖に従うだけになってしまう。
親はもちろん
感情的になりたくてなったわけではありません。
子どものためを思ってやったはずです。
そして、冷静になってみて、
強い後悔に襲われることがあります。
子どもにとってストレスであるばかりではなく、
感情的になってしまった親にとっても
ストレスになってしまう。
大人と子供の両者にとって、
感情的に叱ることはダメージを与えるのです。
だからこそ、
感情的になってしまいがちな人は、
そのような感情が湧き起ってきたら
子どもとの距離をとる。
そして、感情が冷めていくのを待つ。
翌日でもいいんです。
次の日に持ち越したくない気持ちはわかりますが、
感情的になって叱るよりは、
冷静になったときに落ち着いて何が悪かったのか、
何を改善すべきなのかを話し合うことの方が大切です。
感情的になりそうなら距離を置く。
心の片隅に覚えていただけたら幸いです。
2017年9月17日日曜日
親の言葉が子供に与える影響力の大きさ
そんなことは当然わかっているよ!
なんて声が聞こえてきそうですが、
なかなか意識できていないことってあるんですよね。
なんて声が聞こえてきそうですが、
なかなか意識できていないことってあるんですよね。
例えば、兄弟喧嘩をしている場面で、
兄弟のどちらかに
「あなたは思いやりがない!」
と注意したとします。
兄弟のどちらかに
「あなたは思いやりがない!」
と注意したとします。
親からしてみたら、
「思いやりをもってほしい」
という思いのもとで発している言葉です。
しかし、子供は違った受け止め方をすることがあるんです。
「俺は思いやりがない人間だ。」
思いやりをもってほしいのに
思いやりがない人間だと
思い込む方向に力が働いてしまう。
思いやりがない人間だと
思い込む方向に力が働いてしまう。
親はそんな思いをもっていなくても・・・
そして、
「自分は思いやりのない人間」なのではないだろうか?
という思いは子供の心の中に残り、
少しずついろいろな経験をそのことと結びつける。
雪だるまが大きくなるように。
「自分は思いやりのない人間」なのではないだろうか?
という思いは子供の心の中に残り、
少しずついろいろな経験をそのことと結びつける。
雪だるまが大きくなるように。
「そんなことしたら、弟が悲しむでしょ。」
「自分が言われたらどう思う?」
「自分が言われたらどう思う?」
自分の行動が相手の気持ちとどうつながっているのか?
を考えるきっかけとなる言葉を投げかけてあげれば良かったのです。
たった一言を例にあげましたが、
1日を通して振り返ってみると、
無意識に何回も子供の性格を断定する言葉をかけている
ことがあるのです。
1日を通して振り返ってみると、
無意識に何回も子供の性格を断定する言葉をかけている
ことがあるのです。
だからこそ、
親として、自分の言葉は、
子供にどんなメッセージを与えているのか。
自分はどんなメッセージを与えたいのか。
親として、自分の言葉は、
子供にどんなメッセージを与えているのか。
自分はどんなメッセージを与えたいのか。
そこを深く考えながら
言葉をかけてあげる必要があるのです。
言葉をかけてあげる必要があるのです。
そんなことをいちいち考えて言葉をかけるのは、
とてもまどろっこしいかもしれません。
とてもまどろっこしいかもしれません。
でも、徐々に慣れてくるものなので、
はじめのうちは面倒でも意識して言葉を選ぶ作業を
続けてほしいです。
それが無理なら、夜布団に入って目を閉じ、
自分が子供にかけた言葉について
少しばかり振り返る時間をとってみてください。
とにかく、自分の言葉を客観視することが
子育てでは大切なことですので。
慌てずに、今日できなくても
明日少しできればいい。
そんな心持ちで少しずつ親として学んでいければいいのだと思います。
はじめのうちは面倒でも意識して言葉を選ぶ作業を
続けてほしいです。
それが無理なら、夜布団に入って目を閉じ、
自分が子供にかけた言葉について
少しばかり振り返る時間をとってみてください。
とにかく、自分の言葉を客観視することが
子育てでは大切なことですので。
慌てずに、今日できなくても
明日少しできればいい。
そんな心持ちで少しずつ親として学んでいければいいのだと思います。
2017年7月30日日曜日
叱ると怒るはまじりあっているもの。
叱ると怒るは違う。
こんなことは
ちょっと子育てについて
本を読んだり、情報を収集すれば
見聞きする言葉ですよね。
でも、叱ると怒るは
そんな簡単に割り切れるものではなく、
難しいところは
両者が水色が濃紺に移り変わるように
微妙な境界線があるから難しいのです。
はじめは冷静に叱っていても、
叱っている途中に
どんどん気持ちがエスカレートしてしまい、
さらにその気持ちに子どもが悪く反応する。
その子どもの反応に
親はさらにエスカレートしてしまい
気付いたら怒鳴っていた。
そんなことが起こり得ます。
叱ると怒るはピタッと境界線があるのではなく、
叱るから徐々に怒るに変わることがあるのです。
感情的に子どもを怒ったとき、
子どもの心には反発心が起ります。
しゅんとしておとなしくはなるかもしれませんが、
決して大切なことは学んでいません。
ただ、怒りが過ぎるのを
おとなしく待つだけです。
怒りは子育てにとって
親にとっても子にとっても
全く不毛なものです。
でも、そのことを知っていたら、
怒りを防ぐことができます。
それは、一回子どものそばから離れることです。
自分が感情的になっているな
ということがわかれば、
そのままのテンションで怒るのをいったんやめる。
自分1人になれる場所に行ってください。
さらに良いのは携帯に
子どもの幼少期の写真を入れておくことです。
1人になったとき、
その写真を見てください。
ふと心が落ち着くはずです。
それからまた話しても遅くはないはずです。
叱るから怒るの段階に進んでいるなら、
一回怒るのをストップして、
もう一度仕切り直す。
少しでも子育てのヒントになれば
うれしいです。
では。
こんなことは
ちょっと子育てについて
本を読んだり、情報を収集すれば
見聞きする言葉ですよね。
でも、叱ると怒るは
そんな簡単に割り切れるものではなく、
難しいところは
両者が水色が濃紺に移り変わるように
微妙な境界線があるから難しいのです。
はじめは冷静に叱っていても、
叱っている途中に
どんどん気持ちがエスカレートしてしまい、
さらにその気持ちに子どもが悪く反応する。
その子どもの反応に
親はさらにエスカレートしてしまい
気付いたら怒鳴っていた。
そんなことが起こり得ます。
叱ると怒るはピタッと境界線があるのではなく、
叱るから徐々に怒るに変わることがあるのです。
感情的に子どもを怒ったとき、
子どもの心には反発心が起ります。
しゅんとしておとなしくはなるかもしれませんが、
決して大切なことは学んでいません。
ただ、怒りが過ぎるのを
おとなしく待つだけです。
怒りは子育てにとって
親にとっても子にとっても
全く不毛なものです。
でも、そのことを知っていたら、
怒りを防ぐことができます。
それは、一回子どものそばから離れることです。
自分が感情的になっているな
ということがわかれば、
そのままのテンションで怒るのをいったんやめる。
自分1人になれる場所に行ってください。
さらに良いのは携帯に
子どもの幼少期の写真を入れておくことです。
1人になったとき、
その写真を見てください。
ふと心が落ち着くはずです。
それからまた話しても遅くはないはずです。
叱るから怒るの段階に進んでいるなら、
一回怒るのをストップして、
もう一度仕切り直す。
少しでも子育てのヒントになれば
うれしいです。
では。
2016年5月28日土曜日
子どもが悪いテストを持って帰ったときどうするか。
子どもが家に持って帰ったテストが悪いことがあります。
そんなとき、親がどのような対応をするかは
子どもの未来の行動に強い影響を与える
とっても重要なことです。
私が教師をしていて
勉強が嫌いになっている子の親に共通していることがあります。
ほぼ間違いなく
テストの点数が悪いとき強く叱っています。
強く叱られた子どもはどのようなパターンを示すか。
叱られることでテンションが下がり、
やる気が低下することがほとんどでしょう。
ごくまれに強く叱られることで
今までの甘い自分と決別することができ、
気合いが入る子もいるでしょう。
でも、それはレアケースです。
気合いが入ったとしても
それは叱られたから気合を入れただけで
勉強そのものは好きになったわけではありません。
やる気が入る、低下するにかかわらず、
確実に言えることは
テストの点が悪いと
親から強く叱られるというパターンを
学習したことです。
子どもたちが悪い点を採ると親から叱られる
とわかっていて
自分でもテストに自信をもてないときは
どのようなことが起こるか。
するとはじめから努力をしない。
全力勝負から逃げる。
というパターンを選ぶことがあるんです。
努力していないからできないのは当たり前なんだ
と自分で自分を慰めることができるからです。
逃げられないときはどうするか。
ずるしてでも叱られないように
しようと必死になります。
手っ取り早く安易いテストの点数をあげる方法は
ずばりカンニングです。
隣の人のテストを見てでも
点数が上がって叱られないのであれば
道徳云々など関係ありません。
そこまで深いことも考えず、
単純にカンニングすることを選ぶ子は
本当に多くいるものです。
ズルして点数が良くなったとします。
そして、その点数で
次は親から褒められる経験をします。
次はその成功パターンを守ろうとします。
カンニング技術に磨きがかかるということです。
当然、いつかズルできない場面がきます。
その時に真の実力が露呈して
本格的なドロップアウトにつながります。
子どもが悪いテストを持って帰ったときは
基本的に強く叱ることはしない方が良いというのが
私の経験からの仮説です。
ではどうすればよいか。
次回のテストが良くなるためにどうするか
を子どもが考えられるように
導いてあげることが大切です。
親が何かしらの結論をもっている必要がありますが
それを押し付けてやらせることは
自立心を高めることにはつながりません。
親が子供のテストの点をあげるための
何らかの結論をもっていながらも
子ども自身が考えることを邪魔しないことです。
話し合いながらも
つたない意見であれば、
それを否定するのではなく
疑問をぶつけてあげることで
考えを深めてあげればいいんです。
あくまで子ども自身で自分の課題を
解決させる経験をさせることです。
子どもが悪いテストを持って帰ったときどうするか。
私なりにもっている仮説について書いてみました。
あくまで仮説であって、
これが全て正しい結論ではありません。
各ご家庭でこの仮説をもとに
子育て方法を高めていってもらえたらと思います。
そんなとき、親がどのような対応をするかは
子どもの未来の行動に強い影響を与える
とっても重要なことです。
私が教師をしていて
勉強が嫌いになっている子の親に共通していることがあります。
ほぼ間違いなく
テストの点数が悪いとき強く叱っています。
強く叱られた子どもはどのようなパターンを示すか。
叱られることでテンションが下がり、
やる気が低下することがほとんどでしょう。
ごくまれに強く叱られることで
今までの甘い自分と決別することができ、
気合いが入る子もいるでしょう。
でも、それはレアケースです。
気合いが入ったとしても
それは叱られたから気合を入れただけで
勉強そのものは好きになったわけではありません。
やる気が入る、低下するにかかわらず、
確実に言えることは
テストの点が悪いと
親から強く叱られるというパターンを
学習したことです。
子どもたちが悪い点を採ると親から叱られる
とわかっていて
自分でもテストに自信をもてないときは
どのようなことが起こるか。
するとはじめから努力をしない。
全力勝負から逃げる。
というパターンを選ぶことがあるんです。
努力していないからできないのは当たり前なんだ
と自分で自分を慰めることができるからです。
逃げられないときはどうするか。
ずるしてでも叱られないように
しようと必死になります。
手っ取り早く安易いテストの点数をあげる方法は
ずばりカンニングです。
隣の人のテストを見てでも
点数が上がって叱られないのであれば
道徳云々など関係ありません。
そこまで深いことも考えず、
単純にカンニングすることを選ぶ子は
本当に多くいるものです。
ズルして点数が良くなったとします。
そして、その点数で
次は親から褒められる経験をします。
次はその成功パターンを守ろうとします。
カンニング技術に磨きがかかるということです。
当然、いつかズルできない場面がきます。
その時に真の実力が露呈して
本格的なドロップアウトにつながります。
子どもが悪いテストを持って帰ったときは
基本的に強く叱ることはしない方が良いというのが
私の経験からの仮説です。
ではどうすればよいか。
次回のテストが良くなるためにどうするか
を子どもが考えられるように
導いてあげることが大切です。
親が何かしらの結論をもっている必要がありますが
それを押し付けてやらせることは
自立心を高めることにはつながりません。
親が子供のテストの点をあげるための
何らかの結論をもっていながらも
子ども自身が考えることを邪魔しないことです。
話し合いながらも
つたない意見であれば、
それを否定するのではなく
疑問をぶつけてあげることで
考えを深めてあげればいいんです。
あくまで子ども自身で自分の課題を
解決させる経験をさせることです。
子どもが悪いテストを持って帰ったときどうするか。
私なりにもっている仮説について書いてみました。
あくまで仮説であって、
これが全て正しい結論ではありません。
各ご家庭でこの仮説をもとに
子育て方法を高めていってもらえたらと思います。
2016年1月31日日曜日
大人が拗ねた態度で子どもを叱らない!
子どもを拗ねた態度で叱らない
これは子育てで私が強く意識していることの一つです。
根が拗ねやすいって自覚しているからかもしれません^^;
私の父は厳しい九州男児でした。
友達が家に遊びに来て
ときどき父を見かけると
「やくざみたいだ!」
なんて小学生の口から出てくるくらいです。
そんな怖い父に反抗できなかった自分でしたが、
心の中では反抗心むき出しでした。
そんな自分がとった選択は
「拗ねた態度で反抗する」
という何とも女々しいものでした。
この拗ねた態度というのは
一度身につくと
なかなか抜けないものだなと
大人になるにつれて感じていました。
妻にであれ、
我が子にであれ、
気を抜くと表情や態度で何かを伝えようと
してしまう自分がいるんです。
言葉ではなく、
態度で伝えようとしてしまう・・・
拗ねた態度というのはやっかいなもので
言葉と違って相手に真意がしっかりと伝わらないんですよね。
子は親が気分を害しているということが
わかっても何で害していて、
何が悪く、何を学べるのかが
しっかりとわからないものです。
むしろ、大人の拗ねた態度を気にするようになる。
そこをスタート地点として、
徐々に大人の顔色を伺うことを学びます。
行き過ぎると
「他人の顔色を気にし過ぎる」
という大人になっても自分を苦しめる原因となります。
現在の日本の社会を見ていると
アドラー心理学の「嫌われる勇気
ベストセラーになるように
他人の顔色をうかがいながら
ストレスに苦しむ人が多くいます。
その原因の1つに
親の拗ねた態度による教育が
あるんだと考えています。
態度や表情で伝えることは難しい。
難しいからいつまでも長い期間、
ぐちぐちと続いてしまうものです。
子育てで大切なことは
何が悪いのか、何を学ぶべきかをしっかり伝える。
いつまでも引きずることなく教える。
それが親と子の精神衛生上、健全だと思います。
もし、私と同じような生い立ちを経て、
拗ねた態度を出しやすい方は
共に拗ねた態度を
出さないように心がけていきましょう!
子育てのお役に立てたらうれしいです。
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