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2017年8月9日水曜日

【残念】自分は駄目な人間だと思う?というアンケートの結果

財団法人日本青年研究所の
2015年の調査結果を目にする機会がありました。


日米中韓の高校生に
「自分は駄目な人間だと思うか」との質問を与えたところ、
「よく当てはまる」「まあ当てはまる」と答えた人が
米国45%、中国56%、韓国35%だったそうです。


米国は自信が溢れているイメージもあったので意外でしたが、
私たちの日本はどうなんでしょうか。



日本の結果は73%です。
群を抜いています。


自分のことをダメな人間だと思っている子が
73%もいるという事実。



確かに子どもたちの表情って、
1年生のころは生き生きしているのに、
学年を増すごとに暗くなっていく傾向があります。



どうして子どもたちは年齢を増すにつれて自信を無くしてしまうのか。



いろいろ原因があるでしょうが、
私は評価主義の教育、子育てによって、
子供たちが「今の自分ではダメですよ」
というメッセージを受け取る機会が多いからだと考えています。



自分のことをダメだと思う子供たちが
1日に浴びる言葉はマイナスの言葉が多いはずです。


どうしてできないの?

なんでやらないの?

これじゃダメじゃないか。

いつも遅いんだから。


日々否定的なメッセージが
学校や家庭で浴びせかけられていることが
多いのではないでしょうか。


そもそも勉強は、
クイズやパズルと同じように頭を使った体操のような面白さがあります。


それにも関わらず、
勉強ができなかったことを
周囲の大人は深刻にとらえすぎる傾向にあります。


勉強ができないと、
人生のすべてに悪影響を及ぼす一大事のような対応をします。


当然、勉強でつまづいた子どもたちは
自分そのものが否定されているような気持ちになってしまいます。


その積み重ねの結果として
自分のことが駄目な人間だという
気持ちを強くもつようになっているのではないでしょうか。


褒めて育てよと言われることが
出版物でもテレビでも多いのは、
先生や親が子を褒める機会が少ない傾向がある反動だと思います。


褒めて育てるのは甘く接することとは違います。


幼少期からできていること、
がんばっていることに目を向けて
しっかりと褒めてあげること。


大切なことはわが子をしっかり見ているということです。



自分がダメな人間だなんて言う子どもが
少なくなっていくことを願ってやみませんし、
自分も教育者として子供たちの自信を高めてあげられるよう
頑張っていきたいと思います。




関連する記事です。
子どもの自信をなくす子どもを色眼鏡で見るということ


2017年7月18日火曜日

親の言葉によるプチ虐待とは

教師をしていると
いろいろな親の事例を知ることになります。


その中でも最悪なのが虐待です。

体罰を日々繰り返す親が最悪なのは
当たり前のことで述べる必要もないんですが、
実は隠れた体罰である言葉の虐待も
かなり問題ある行為なんです。



言葉の虐待というと
かなり大げさな表現に聞こえるんですが、
決して大げさなレベルでなく
小さいことでも虐待の芽にはなっているんです。


例えば、
「本当に忘れ物が多くてダメね。」

「どうしてこんなこともできないの?」

「本当にのろい子ね。」

などなど、
例をあげたらきりがないんですが、
このような言葉が慢性的になると
言葉によるプチ虐待です。


もちろん、人間だから
時々口から出てしまうことがあるでしょう。

でも、虐待的な親は
このことを慢性的に、継続的に
子どもに浴びせ続けるんです。


この言葉を言われた子どもの気持ちに
全くなっていません。

子どもはこの言葉を聞いて
やる気が高まるでしょうか。

何か改善する方法を考えるでしょうか。


正直なところ
子どもはただ自信を無くすだけです。

親は少しの時間スッキリするだけです。


根本の問題は全く解決されていないので、
継続的に虐待的な言葉が
また繰り返し浴びせられるという悪循環になります。


こうやって育った子は
次第に無口になります。

また、表情が乏しくなります。

覇気、精気が無くなるといったら
正しいかもしれません。

子どもらしく純粋に腕白に
という表現とは真逆の
斜に構えて大人の表情に敏感で
おとなしい状態。


直接暴言のように虐待しなくても
同じような効果を発揮するのが嫌味です。


「はぁ、前にも言ったのにね・・・まったくもう。」
といったような表情を含めた
ねちねちしたような言い方も
全く改善案はない、ただの虐待に近い言葉です。


子どものためなのか?
自分がスッキリするためなのか?


そのことが虐待かどうかの
境目だと思います。


子どもたちに何か言葉をかけるときは
子どもがやる気を高める言葉でありたいものです。

また、どうしたらよいのかを
考えることを促す言葉であるべきです。



2017年6月2日金曜日

自己肯定感を高めることは子どもの未来を変える。

これは教育業界では頻繁に使われる言葉です。
自己肯定感がある、
ないで表現されることが多いのですが、
私もこの自己肯定感は大切だと痛感しています。



自分のことを肯定できる感情を
もっているか、もっていないかで
子どもがもっている社会を見る
世界観が大きく変わります。



自己肯定感が高い子は、
課題が難しくても、
立ち向かおうということに意識を向けて、
努力を続けることができます。
自分を取り巻く世界を
肯定的にとらえることができます。



その一方で、自己肯定感が低い子は、
何か難しい課題を目の前にしたとき、
チャレンジしようという気持ちの前に、
自分には無理だという負の感情が先に来て、
チャレンジしようとすらできないことが多いです。


よって、できないのは当たり前で、
より自己肯定感を低くするという
負のスパイラルにおちいってしまいます。
自分を取り巻く世界を否定的にとらえます。


自己肯定感は高い方が良い。
そのためには、子どもたちが
自分のことを信じることが
できるようになる必要がありますが、
それには子どもが努力する部分より
大人が関与している部分が大きいものです。


子どもの段かいでは
なかなか自分で自分を信じることが難しいものだから
大人の価値観を信じてしまいがちなんです。


例えば、勉強ができる、できないに関係なく
愛情を注ぐ態度を崩さないことが大切ですが、
大人が勉強の結果によって、
あきらかに態度を変えて、
負の感情を伝えてしまうとします。


すると子どもは、
条件によって自分は愛されたり、
されなかったりするのか
という自己肯定感が揺らぎ始めるものです。


もちろん、態度で伝えるのも1つの手段ですが、
私が中学の頃の体育の先生のことが参考になるかもしれません。


その先生はすぐ怒鳴ったり
暴力をふるったりするのです。


私たちは恐怖から従いますが、
根本には反発心以外はありません。


怒鳴る、脅す、睨むなど
比較的に子供を服従させるための簡単な手段で対処療法をすると
根本の解決にはならず、
ただ子どもの自己肯定感を崩すことになります。


条件なしで子どもの存在を認めてあげる。
感情に任せた安易な指導はしない。
ということが自己肯定感を高めるための
ポイントになってくるものです。


もちろん
悪いことには悪いと指導することは大切です。
ただ、「あなたはダメ」とか「どうしてこんなのもできないの?」
など、存在そのものを否定するような言動は
大人になってもトラウマとして抱える人もいるほど
強烈なダメージを子どもに与えます。



愛情からスタートした指導も、
感情的になってしまうと
子どもの未来には足枷になるということがあるのです。


自己肯定感を高めるためには
プラスの言葉や言動が大切だと言われていますが、
それはうわべのことです。


根本には大人の価値観をどこに置くか
ということが大切になってくると思います。


「思いやりがあり、健康で、勇気をもって生きてほしい。」
もし、このような子育て観があり、
深く自分の中に根付いているなら
そこに基づいて声をかけることができるようになります。
自然と肯定的な言動につながっていくことができます。



子どもの未来を支える
自己肯定感を高めるということについて
少し書いてみました。
何かの参考になれば幸いです。

2017年3月23日木曜日

勉強に自信を無くしてしまっている子への対処法


子どもが勉強をしている姿を見ていると、
間違えることを極端に恐れていたり、
間違えるくらいなら、
すぐに親を頼って正解を安易に得ようとする場面に
でくわす方も多くいるようです。


そのような子どもたちは、
勉強することに対して
自信をなくしている状態です。

勉強に自信を無くしてしまっている子

原因は様々。


学校で、間違えたことを怒られた経験。
友達に笑われた経験。
もちろん、親に怒られた経験も。


そのような様々な
できないことを否定された経験が
自信を無くすことにつながってしまいます。


そんな子の心は硬くなっている状態です。


そんな子供たちの勉強する姿は、
時として、親の心をイライラさせるものです。


でも、そんなとき、
熱した鉄を叩くように、
叱れば叱るほど、
心は硬く硬くなっていきます。


自信を無くしてしまっている子に対しては、
激励のつもりでも、
怒る、叱るということは
逆効果になることが多いんです。


だったら、どうしたらよいか?


それは単純なことですが効果的な
「褒める」ということです。


でも、そのような心が硬くなってしまっている子は
褒める箇所が見つからないんですという
親の声も聞こえてきそうです。


そんなときに大切にしてほしいのが、
味噌汁です。


どんなに薄味でも味噌汁は味噌汁。


味はどうでも良くて、
味噌汁であれば、味噌汁と認めてあげること。


これは勉強でも同じで、
心が硬くなっている子には、
味噌汁と呼べる液体であれば
とりあえず、味噌汁だね!と
認めてあげればいいんです。


ここで言う味噌汁とは、
間違えても良いから自分で考えている姿です。


もし、昨日より1分でも粘って考えているようなら、
解の正答よりも、その粘りを褒めてあげてください。


考えているだけで
褒められる。


そんな薄味の味噌汁を味噌汁と認める
心の広さが大人には求められるんです。


そのようなことを地道に地道に繰り返し、
子どもはだんだんと心を柔らかくしてくれます。


これは親に求められる
役者としての資質です。


私たち大人から見たら、
そんなこともわからないの?!
というレベルであっても、
ここはひとつ役者になって、
考えている姿を褒めてあげてください。


硬くなった心をほぐすのは
時間がかかります。


だけど、やる価値はあります。
小学生の段階で解きほぐしておく必要があります。


間違えを隠したり、
カンニングをしたりする子は
心がカチコチになってしまい、
正解でなければいけないんだ!
という考え以外を受け付けない状態です。


それは間違ったときに
叱られる、間違ったときは評価されない
ということが原因になっているので、
そこを解きほぐせるのは
日々接している大人でしかありません。


しかも、中学、高校になると
変わることがより難しくなるものです。


教師であれ、親であれ、
間違うことは悪いことではない。
考えることに価値がある。


間違えることで
自信を無くす必要はない。


そんなことを
行動でメッセージとして伝えてあげることが
自信を無くしてしまった子には
効果的である。


そんなことを
子育ての1つの考え方として
もっておいてもらえたらと思います。

2016年10月16日日曜日

親はバカになって子どもから学べ!|子どもの表情を明るくする


親になると自分が子どもの頃の気持ちを
忘れてしまうことってよくあるものです。




子どもは「得意な気持ち」になりたいんです。




私たちも子どもの頃にありましたよね。



何か自分の得意なことや、
知らないことを披露して
他人が喜んでくれたとき、
えっへん!と得意な気持ちに
なったことがあったんじゃないでしょうか?



そのような得意な気持ちが重なって
私たちの気持ちは大きくなり、
表情は明るくなってきたんです。



子どもは心をぱっとを広げることで
明るくなる生き物なんです。




それにもかかわらず、
大人になった私たちはどうでしょう。



子どもたちに
指導することばかりが増えていませんか?




ついつい、指導する人と
指導される人という上下関係が強くなって
教えることばかりが多くなっていませんか?




子どもの頃の記憶である
得意になった気持ちを思い出してください。



そして子どもが得意なことを
聞いてあげてください。



もし、知っていることであっても
多少なら知らないようなふりをしてあげて
聞いてあげてください。



そして、



教えてくれてありがとうと伝えてください。


そんなことを知っているんだ!と驚いてあげてください。



こうやって子どもたちは
また新しいことを学んで親を驚かせよう、
喜んでもらおうと頑張るんです。



ぜひ、親の何でも知っているよというプライドを肩からおろし、
子どもの前では馬鹿になって学んでください。



きっと子どもたちの表情が
明るくなってきますよ!

2016年9月25日日曜日

子供の自信をうばう親の考え方




自信を無くして消極的になっている子供に出会うことがあります。


自信を無くす原因はさまざまですが、
それが私たち親の言動も影響しているとするなら、
その影響は少なくしたいものですよね。


では、子どもの自信をなくしてしまう
親の言動について書きましたので
参考になれば幸いです。



私たち親の言動で特に気を付けなければならないのは
子供への「高すぎる欲求」です。



私たち親の子供のころを振り返ってみると
2通りにわかれます。



小さいころから勉強ができてきた親。

小さいころから勉強が苦手だった親。



みなさんはどっちの親ですか?



気を付けなければならないのは
小さいころから勉強ができてきた親です。


自分が子供のころにできていたんだからと、
自分の子供のころを基準として、
自分の子どももできるはずだという思い込みが強くなります。



その思い込みは子供に対する要求を
知らず知らずのうちに強くしてしまうことがあるのです。



例えば、テストで90点を持って帰っても
「残念!100点じゃなかったのね。
 次回頑張ろうね。」
なんて無意識で伝えてしまいます。



90点を採ったプロセスの中には、
子供たちが褒められるべき頑張ったポイントはたくさんあります。


親が思い描いている基準が100点にあるため、
その褒めるべきポイントには目もくれず、
どうしてもダメだしの視点になってしまうんです。



90点以上の常連の子であっても
表情にどこかしら精気がなく、
自信が無い子の原因の1つがそのようなところにあるんです。



また、勉強が苦手だった親にも気を付けるべきタイプの人がいます。


自らの勉強に対する劣等感を
子どもを通して解消したいという意識
知らず知らずもってしまっている人です。



すると、自分が勉強できなかっただけに、
子どもには何が何でも自分の勉強に対するトラウマのようなものを
解消してもらいたいので、
過度に要求が高くなってしまいます。



子供たちもそんな親の要求に答えられたら良いのですが、
そのような親が気にしているのは、
他の子との比較になってしまっていることが多いものです。



比較の中では褒められる経験より、
ダメだしされる経験の方が多くなってしまいます。


というのも、誰もがトップ層になれるわけではなく、
大部分は中間層から上位層の間あたりに位置してしまうからです。


もちろん、ここに挙げたのは極端な例です。



ただ、今まで自信が無い子の家庭を教師として観察してみて、
このような傾向が多いので、
ちょっとでも参考になればと思って書いてみました!



では、子育ての相談お待ちしております。
バンコクの子育て相談

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