自分の子どものころを思い出します。
思うような結果が出なかった通知表のときは
家に帰る歩みも遅くなり、
「家に帰りたくないなぁ」なんて思ったこともありました。
私の息子はどんな結果であれ、
普通に見せてくれます。
私が子どもだったころとは全く違います。
それには理由があります。
私がどんな結果であれ、
怒ることもぐちぐち言うことがないからでしょう。
事実を冷静に伝えるように心がけています。
それには次のような考えがあるからです。
通知表はもらう前から結果はわかっている。
通知表はいきなり一週間だけ
子どもを見て評価をくだすものではありません。
テストの点数が多大な影響を与えていますが、
そのテストというのは、
学期がはじまってから
ずっとずっと行われてきたことです。
我が子がもって帰るテストや
ドリルの宿題の正答率などをチェックしていれば
だいたいの成績は予測できるものです。
だから、もって帰って成績を見ても
別に驚くこともなく、
ただ頑張ったところを認めてあげ、
課題となるところを話し合えばいいんです。
もし、結果にショックを受けるようなことがあるなら、
次の2つが理由であることが多いです。
1)先生の評価がミスしている
2)日頃、自分が子供のことを見ていない
もし、通知表を見てぐちぐち言いたくなったときは
「日頃からよく子供を見ていなかったのかも」
と自分を反省するようにしています。
この様な結果をもってかえる前に
自分が我が子の様子で見落としていたことがあるのではないか?
自分が親としてサポートできることがあったのではないか?
感情的に叱るより、
自分の在り方を振り返った方が
子どもの成長のためにはよっぽど建設的。
学校の教師をやっていたときは
通知表は子どもへの評価でもあり、
教師である私の指導への評価でもあると考えていました。
だから、親になった今も同じようなことを考えています。
通知表は親としてしっかり手立てができたかの評価でもある。
だからといって、
もし思うようにいかなかった通知表を見ても
落ち込む必要はありません。
別に子供の価値を測る物差しは
通知表だけではないからです。
もっともっと別のところにも
子どもの価値はありますよね。
ただ、義務教育の範囲なんで、
ある程度は結果を出すべきだと思いますので、
あまりにも思うようにいかなかった場合は
親として何かサポートできるのか?というところにポイントを
おいて次の学期の作戦をねればよいのです。
結果は変えようがありません。
今は頑張ったことを褒めてあげること、
課題となることを一緒に考えてあげること。
通知表の時期になると
自分の子供時代を思い出し、
毎回、このようなことを考えるのです。
私の個人的な見解ですが、
何かの参考になればと思って書いてみました。
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