2017年7月18日火曜日

親の言葉によるプチ虐待とは

教師をしていると
いろいろな親の事例を知ることになります。


その中でも最悪なのが虐待です。

体罰を日々繰り返す親が最悪なのは
当たり前のことで述べる必要もないんですが、
実は隠れた体罰である言葉の虐待も
かなり問題ある行為なんです。



言葉の虐待というと
かなり大げさな表現に聞こえるんですが、
決して大げさなレベルでなく
小さいことでも虐待の芽にはなっているんです。


例えば、
「本当に忘れ物が多くてダメね。」

「どうしてこんなこともできないの?」

「本当にのろい子ね。」

などなど、
例をあげたらきりがないんですが、
このような言葉が慢性的になると
言葉によるプチ虐待です。


もちろん、人間だから
時々口から出てしまうことがあるでしょう。

でも、虐待的な親は
このことを慢性的に、継続的に
子どもに浴びせ続けるんです。


この言葉を言われた子どもの気持ちに
全くなっていません。

子どもはこの言葉を聞いて
やる気が高まるでしょうか。

何か改善する方法を考えるでしょうか。


正直なところ
子どもはただ自信を無くすだけです。

親は少しの時間スッキリするだけです。


根本の問題は全く解決されていないので、
継続的に虐待的な言葉が
また繰り返し浴びせられるという悪循環になります。


こうやって育った子は
次第に無口になります。

また、表情が乏しくなります。

覇気、精気が無くなるといったら
正しいかもしれません。

子どもらしく純粋に腕白に
という表現とは真逆の
斜に構えて大人の表情に敏感で
おとなしい状態。


直接暴言のように虐待しなくても
同じような効果を発揮するのが嫌味です。


「はぁ、前にも言ったのにね・・・まったくもう。」
といったような表情を含めた
ねちねちしたような言い方も
全く改善案はない、ただの虐待に近い言葉です。


子どものためなのか?
自分がスッキリするためなのか?


そのことが虐待かどうかの
境目だと思います。


子どもたちに何か言葉をかけるときは
子どもがやる気を高める言葉でありたいものです。

また、どうしたらよいのかを
考えることを促す言葉であるべきです。



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